
JOURNAL #5302026.03.10更新日:2026.03.10
広報:空飛ぶ捜索医療団"ARROWS" 編集部

ピースウィンズの遺贈寄付担当者として、支援者の方々の想いを未来へつなぐために日々奔走している髙橋さつき。2011年当時は中学生だった彼女に、東日本大震災は時を経て大きな影響を与え、災害支援をライフワークとする今の旅路へと導きました。
遠く離れた場所の出来事だった3.11が、彼女をどうして突き動かしたのか。東北との運命的な出会い、そしてそこで培われた思いについて聞きました。

――2011年3月11日、どこで何をしていましたか?
私は当時中学1年生で、地震が起きたときは兵庫県の中学校にいました。震源から遠く、揺れることもなかったため、その瞬間は震災が起きたことも知りませんでした。家に帰ってからニュースで津波が川を遡上している映像などを見て、大変なことが起きてしまったんだな、と衝撃を受けたのを覚えています。
土地柄、親から阪神・淡路大震災での被災の話などを聞いてきたこともあって、自分にとって災害は身近なものではありました。ただ東日本大震災に関しては、行ったこともない遠い東北地方での出来事ということもあって、大変なこととは思いつつも、あまり自分ごととして捉えることはできませんでした。
――そこから、どのようにして東北にかかわっていくことになったのでしょうか。
大学生のときに仲良くなった友だちが、岩手県の大槌町という、津波の被害が大きかった地域の出身だったんです。津波の被害や町の様子を聞いて、「私が思っていたよりずっと大きな被害だったんだ」ということを改めて知りました。
私はずっと町づくりに興味があったのですが、その友だちから、それなら宮城県の女川町というところを見に行くといいよと勧められて。大学1年生のときに1人で女川町を訪れたのが、東北との関わりの始まりです。その後、学生の間に30回以上東北に足を運んで、気仙沼や南三陸、山元町、大船渡、大槌など、いろいろなところに行きました。


――その後、東北地方で就職を決めたんですね。
私自身は、地元を離れて東北で就職するということに戸惑いはありませんでしたが、親にはとても心配されました。母からは、阪神・淡路大震災があった兵庫県であなたは生まれ育ったのに、なぜわざわざ東北に行くのかと言われて、喧嘩をしたこともあります。でも私は大学の4年間で東北の方にたくさんのことを教えていただいて、そこで生きていきたいと思ったんだと自分の思いを伝えて、最後にはわかってもらえました。

宮城県のテレビ局で記者として働き、被災された方にお話を伺う機会に多く恵まれました。私が入社したのは復興がだいぶ進んだ時期でしたが、それでも、復興の過程にもやもやを感じていらっしゃる方や、まだ心から前を向くことができていない方がたくさんいらっしゃって。同時に、東北の街のために、人のためにと全力で、本気で頑張る方たちにたくさん出会ったことが、私のなかで印象深いです。

――東北での経験は、今にどうつながっていると思いますか?
3.11がなかったら、私は今ここにはいないと思います。記者として働いた後、いろいろな理由があって東京に移ることになり、一度はこれまでの経験とはまったく関わりのない仕事に就きました。でもやっぱり、私はこれからの人生で東北の方に教えていただいたたくさんのことを社会に還元したい、災害•復興支援に関わる仕事がしたいという思いが強くなったんです。そこで災害支援を行っているピースウィンズを見つけて、転職を決めました。
――ピースウィンズでは遺贈寄付を担当していますね。日々の業務で、東北での経験がリンクすることはありますか?
東日本大震災のご遺族の方とお話したとき、亡くなった方に対してこういうことをしてあげたかった、やりたいことをできないまま亡くなってしまった、と振り返る言葉を聞くことがとても多かったんです。災害が起きるそのときまで、もう明日から人生がなくなるなんて、誰も思っていませんから。
そうしたつなげられなかった思いをたくさん伺っているからこそ、遺贈寄付で未来に自分の思いをつなげたいという方のお手伝いをさせていただくことに、より重みを感じられていると思います。
また東北では、現場で支援を届けている方たちを間近で見てきました。遺贈を検討してくださっている方に向けて、災害支援活動を行う人たちの思いを実感を持ってお伝えできるのは、当時の経験のおかげだと思います。
――東日本大震災から15年、これから実現していきたいことを教えてください。
東北で教えていただいたことをもっといろいろな地域や世界に還元できる仕事がしたい、それを私のライフワークとして生きていきたいという思いは、ずっと変わっていません。今、一番やりたいのは、たくさんの人に災害をもっと「自分ごと化」してもらうことです。
1人でも多くの方に、いつ自分が災害に遭うかもわからないし、隣の人が困っている状況が来るかもしれないと感じてほしい。それによって防災の意識も広まって、被害を未然に防げる部分もたくさんあると思います。災害を自分ごと化できるようなきっかけを届けていきたい、それが今の私の目標です。
ピースウィンズ
遺贈寄付
髙橋 さつき
兵庫県出身。東北地方でのテレビ局勤務などを経て、ピースウィンズ・ジャパン遺贈寄付ご相談係に勤務
東日本大震災
“3.11” から15年。
「忘れない」それ以上のことが
したかった。
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空飛ぶ捜索医療団"ARROWS" 編集部
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