JOURNAL #3192024.03.08更新日:2024.03.18
ライター:大久保 資宏(毎日新聞記者)
ひとたび大規模災害が起きると、日ごろの快適なトイレ環境は一転、断水などでトイレは使えなくなり、耐えがたい生理現象に襲われます。1995年の阪神大震災は“トイレパニック”を引き起こし、以来、さまざまな対策が講じられてきました。にもかかわらず、東日本大震災(2011年)や熊本地震(16年)、さらには能登半島地震(24年1月)の被災地でも繰り返されています。
今回、能登半島では携帯トイレが広く活用され、パニックを最小限に食い止めることができています。とはいえ上下水道の復旧に時間を要し不自由を強いられていることに変わりはありません。教訓はなぜ生かされないのでしょうか。
「久々にお尻を洗うことができて、思わず涙が出た」
能登半島地震の被災地・石川県珠洲市で、トイレトレーラーから出てきた男性(55)から笑みがこぼれました。全国の自治体が、個室や洗面所が完備され温水洗浄便座や車椅子利用者向けの昇降機もあるトイレトレーラーを派遣するなど、さまざまな支援が終わりの見えない避難生活を支えています。
ただ、このような仮設トイレはほんの一部。多くは野外イベントや建設現場で使われるもので、その数も足りません。
「発災から間もない避難所のトイレは有り体に言えば『てんこ盛り』。仕方なく、外の物陰で済ませた人もいたようだ」
NPO法人ピースウィンズ・ジャパンに所属し、医療や物資の支援などを続ける我々空飛ぶ捜索医療団の橋本笙子・国内事業部次長は言います。
橋本さんは東京から駆けつけ、ピースウィンズのスタッフたちと各避難所を回りましたが「どこも同じような状況だった」と振り返ります。
NPO法人日本トイレ研究所の加藤篤代表理事も「初動の段階ではみなさん、携帯トイレを使うという発想がなく、トイレットペーパーを詰まらせていた。トイレパニックだった」と言います。市内にバキュームカーは4台しかなく、仮設トイレ約160基のくみ取りは1日最大1回にとどまります。数日で1回のところもあり、一部は便槽があふれて使用できなくなっています。
近年では、非常用のトイレにも以下のように複数の種類があります。
携帯トイレ
水洗トイレが流れない時、便器などに取り付ける使い捨ての便袋。脱臭剤や便を固める凝固剤入りもある。一般ゴミ扱いの自治体が多く、ホームセンターや通販で購入できる。1回分は数百円。
簡易トイレ
組み立て式の便器と便袋がセットで、トイレがない時、便器が破損している時にも使える。消臭のほか、使うたびに便袋を密封処理して清潔さを保てる製品などもある。1台数千円~。
仮設トイレ
屋外イベントや工事現場用に開発。トイレ室に便器やタンクを備え、水洗化されているものが一般的。トイレ室をバリアフリー化したり、現場で組み立てたりするタイプもある。数百~数千回の使用が可能だが、バキュームカーによるくみ取りが必要。
マンホールトイレ
マンホールの上に簡易なトイレ室や便器を設け、排せつ物を直接、下水道に流す。組み立て式で、公共施設で備蓄しているケースが多く、短時間で設置できる。下水道施設が被災すると使用できなることもある。
車載トイレ
軽トラックの荷台などにトイレ室ごと載せて移動できる。近年、複数の個室や洗面所も完備しているトイレトレーラーも開発されており、1台1500万~1800万円程度。
今回の能登半島地震において窮地を救ったのは、携帯トイレです。
橋本さんは「当初『使い方が全くわからない』と嘆いていたお年寄りをはじめ、みなさん1週間以内で使いこなせるようになった」。加藤さんは「十数年間に及ぶ啓発活動の成果がようやく現れた。携帯トイレが最も役立つアイテムであることを確認できた」と手応えを感じています。
ピースウィンズのスタッフたちは震災の翌日(1月2日)から各避難所を巡回。トイレ清掃も行い、橋本さんらは持参した携帯トイレを配りながら、正しく使えているかチェックしています。
早期にパニックを収拾できたのは、携帯トイレと橋本さんら支援者の存在が大きく、加藤さんは「初動は厳しかったが、正しい情報とサポートする人がいればうまくいくことが改めてわかった」と話します。
また、石巻赤十字病院の副院長で、一般社団法人避難所・避難生活学会の植田信策代表理事は以下のように語ります。
「最初のころは小学校のグラウンドに穴を掘って用を足しているケースもあったが、すぐに状況が変わったのはコミュニティーがしっかりしていたからだ。150人ぐらいの避難所だったが、数日間は3食、自分たちで温かい食事を作って出していた。役割分担もできていて早い段階でトイレ清掃も行き届き、不潔と思える所は無かった」
また、2016年に発生した熊本地震では、パニック状態の避難所がある一方、近くの老人ホームの人たちが避難してきた小学校の避難所はとても和やかでした。強固な地域コミュニティーの下、プールの水のバケツリレーでトイレ清掃もスムーズだったのを思い出します。
能登半島地震は、携帯トイレを日ごろから備蓄(最低3日分、推奨は7日分)し、初動を誤らなければ、パニックは起きないことを明らかにしてくれたといえます。たとえ、発災直後に混乱しても、早期の正しいトイレ対応に加え、地域コミュニティーと経験豊富な支援者がいれば短期間で正常化できるのです。
しかし、1995年に発生した阪神・淡路大震災では、そうはいきませんでした。
ピーク時で約32万人が着の身着のまま約1,200カ所の避難所に身を寄せ、少ないトイレに殺到。その結果、避難所のトイレは糞尿の山となり、校庭や公園に掘られた無数の穴や側溝には排せつ物が積まれていきました。
消防庁の報告書から当時の生々しい様子が伝わってきます。
報告書は、これらの行為に一定の理解を示し、こう解説します。
やむなく恥も外聞も捨てざるを得ない環境に置かれた身のつらさ(中略)学校の固いグラウンドを力一杯に掘って排せつする行為には災害に遭遇した者にしかわからない極寒背水の恐怖がある(中略)下半身に走る排せつの体感には我慢の理性がどこまで働くであろうか。余震が続き寒くて長い避難生活の中で約32万人の被災者たちが経験した自分にとってのトイレパニック、被災者集団のトイレパニックは飢え以上の深刻さがある」
「震災時のトイレ対策-あり方とマニュアル-」(1997年、震災時のトイレ対策のあり方に関する調査研究委員会)
なぜこのような事態に陥ったのでしょうか。
当時は災害に特化した支援団体は少なく、携帯トイレなどもありません。行政側の対応も後手に回り、仮設トイレの手配や交通の寸断された被災地への搬入も手間取りました。発災から約1時間半後には「てんこ盛り」になったことを考えると、遅くとも1時間半以内には仮設トイレがほしいところです。しかし全避難所に行き渡ったのは約2週間後でした。
神戸市の場合、水洗化率がほぼ100%だったので、バキュームカーは約20台で足りていましたが、そこに20数万人が避難してきたわけです。他の自治体が仮設トイレやバキュームカーの支援をしようにも、仮置き場や駐車スペースをスムーズに確保できなかったことも混乱に拍車をかけたようです。
以下は、阪神淡路大震災後の、神戸市内の仮設トイレ設置数をまとめた表です。発災直後は明らかに避難者に対するトイレの数が足りておらず、徐々に増やして対応していった様子が分かります。
ところで、阪神大震災の被災者たちの工夫から生まれたルールやトイレもあります。以下は、いずれも後に推奨されたり、実用化されたりしています。
いったん大災害が発生すると、被災地には災害ボランティアが大勢駆けつけます。都市部では帰宅困難者が出るかもしれません。発生から6時間以内に約7割の人が用を足したくなるそうですから、いずれの場合も状況次第で仮設トイレが設置されることになります。東日本大震災では遠く離れた千葉県浦安市で地盤の液状化現象が生じて最大11,908世帯が水洗トイレを使えなくなり、仮設トイレ(950基)が配置されています。
近年、「快適さ」が売りのトイレトレーラーが開発され、一部、避難所などで利用されています。しかし1台千数百万円。自治体が簡単に購入できるものではなく、仮設トイレのほとんどは従来型の野外イベントや工事現場用です。都市災害など想定していませんから健常者にとっても使い勝手がいいものではありません。
避難所から離れたところに設置され、冬は寒くて狭い。多くは和式で、階段(段差)があるため高齢者や障害者には使いにくく、照明がないから夜間は女性や子どもには危険です。
既設のトイレは使えなかったり、不潔だったり。仮設トイレを利用するのもおっくうでトイレに行く回数を減らそうと水分摂取を控える人は少なくありません。しかし、脱水症や感染症、胃腸炎、エコノミークラス症候群などを発症する恐れがあり、災害関連死に直結しかねません。橋本さんによりますと、珠洲市の避難所でも栄養状態が不十分なうえに飲食を減らして便秘に苦しんでいる人が多いといいます。
災害関連死は、阪神大震災の死者6,432人のうち912人、東日本大震災は死者19,689人のうち3,723人、熊本地震では死者275人のうち220人にのぼります。復興庁の調査(2012年)によりますと、災害関連死の原因で最も多いのは「避難所等における生活の肉体・精神的疲労」です。
市町村からの報告事例の中には「断水でトイレを心配し、水分を控えた」ケースもあり、加藤さんは「トイレ問題を設備問題ととらえず、災害関連死を防ぎ、尊厳と公衆衛生を確保するための緊急事項として位置づけるべきだ」と言います。
相次ぐ災害を受け、内閣府は2016年に「避難所におけるトイレの確保・管理ガイドライン」(22年改定)を策定しています。道府県を通じて市区町村に通知しましたが、その内容は、災害時のトイレ対応にこれまで盛り込まれていなかったものが網羅されています。
たとえば、発災当初に確保すべきトイレ数などで、国際基準を目安にしています。その目安とは、
①発災当初は避難者約50人あたり1基
②避難が長期化する場合には約20人あたり1基
③トイレの平均的回数は1日5回
などで、災害弱者とされる人たちに配慮すべき事項も掲げています。
配慮すべき人と事項の一部は以下の通りです。
ガイドラインには「障害者や女性の意見を積極的に取り入れるとともに障害者のトイレを一般用とは別に確保するよう努めるべきだ」とも明記。市町村には、このガイドラインを基に平時から協力してトイレ対策を検討▽発災時における部局横断的な情報共有▽体制づくり――などを求め、その際「備蓄や災害時用トイレの確保計画を作成することが望ましい」としています。
では、このガイドラインを、実行主体である自治体はどう受け止めているのでしょうか。
日本トイレ協会が2023年、全自治体を対象にアンケート調査をしたところ、「災害時のトイレ確保・管理計画を策定している」は24%にとどまり、76%は「策定していない」と回答。「策定していない」理由として「マンパワーが足りない」(45%)▽「策定方法がわかない」(33%)に続いて「トイレ対策の優先順位が低い」(19%)とあるのには驚きました。過去の災害から学んだはずの教訓はどこにいったのでしょうか。よく言われる「縦割り行政」の弊害でしょうか。
「担当部署が多岐にまたがるトイレ対策には、平時から統括、調整を行う指揮官が必要」と指摘するのは、石巻赤十字病院の植田さんです。
また、 加藤さんは言います。
「能登半島では初動で混乱したが、各避難所で苦労され、携帯トイレが新しいアイテムとして採用された。多くの人が見たことも、聞いたこともないものをこんなにもうまく活用できた。であれば次の備えに何をどう生かすか。それが大事だ。」
WRITER
ライター:
大久保 資宏(毎日新聞記者)
毎日新聞社では主に社会部や報道部で事件や災害、調査報道を担当。雲仙・普賢岳災害(1990~95年)と阪神大震災(1995年)の発生時は記者、東日本大震災(2011年)は前線本部デスク、熊本地震(2016年)は支局長として、それぞれ現地で取材した。
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