JOURNAL #4022025.02.25更新日:2025.03.07
広報:空飛ぶ捜索医療団"ARROWS" 編集部
災害時に被災者の心身の健康を守り、災害関連死を防ぐためには、行政のような組織での対応だけでなく、一人ひとりの被災者に寄り添うケアが求められます。その役割を担うには専門的な知識や行動力が必要なため、近年では災害現場における対応について学ぶトレーニングコース、「BHELP」が注目されています。今回の記事では、BHELPとはなにか?その意義と目的、講義内容等について解説します。
「BHELP」とは、「Basic Health Emergency Life Support for Public」が正式名称で、地域医療や保健福祉関連業務に携わる方を対象に、災害時における被災者への対応について学ぶ研修です。日本災害医学会によって運営され、災害が起こった際、地域の保健や福祉の担当者が適切な対応が行えるよう、健康支援や被災者の救助に関する知識や技術等を学びます。これにより、緊急時においてもその場や状況に適した対応ができるようになります。
BHELPの研修の主な対象者は
①医師
②歯科医師
③看護職(保健師、助産師、看護師、准看護師)
④その他の医療専門職(薬剤師、診療放射線技師、臨床検査技師、臨床工学技士、栄養士、管理栄養士、歯科衛生士等)
⑤リハビリテーション関連専門職(理学療法士、作業療法士、柔道整復師等)
⑥福祉関連専門職(社会福祉士、介護福祉士等)
⑦救急救命士
⑧防災業務に従事する行政職
①~⑦の受験資格を得ることができる教育機関の学生または生徒
など、主に医療や看護、リハビリテーション、福祉に関わる仕事をする方と学生です。
BHELPは、「発災直後から避難所での活動を効果的・効率的に実践するために災害対応における知識、共通の言語と原則を理解し、被災者の生命と健康の維持、災害発生直後からの被災地内での災害対応能力の向上に資すること」を目的としています。
つまり、被災地で支援活動を行う立場の人たちが、災害対応の知識や共通のルールをしっかり理解しあうことで、災害支援活動の向上を図っています。
災害が発生すると、その被害だけでなく、避難所生活における被災者の健康管理は大きな課題とされています。持病を持つ方や高齢者の方、小さな子どもたちだけでなく、普段健康でも慣れない環境で体調を崩す方が増え、ストレスが蓄積されていきます。
こうした環境下で被災者の健康を守るためには、専門知識を持つ担当者が状況を把握し迅速かつ適切な対応をすることで、災害関連死などの災害による二次被害を防ぐことができます。
たとえば、災害支援では被災地域への理解が欠かせません。被災者の健康支援はその地域の医療・保健・福祉の制度やネットワークと連携して行われるため、地域コミュニティの特性やニーズに応じた支援が求められます。BHELPでは、研修を通じてこうした地域やコミュニティへのアプローチなども学ぶことができます。
BHELPではそのほかにも
など実践的な支援活動についても学ぶことになります。被災直後の緊急を要する場面では迅速な対応が求められ、その後長く続く避難生活では継続的な支援が必要になります。災害現場では、こうした知識とスキルが求められるのです。
BHELPの研修は、主に医療従事者や福祉関連の従事者を対象に、1日かけて行われます。ここでは研修内容について詳しくみていきましょう。
BHELPの研修では、以下の点が学習目標として掲げられています。
BHELPのプログラムは、全体を通して災害時にどのように行動するべきかを具体的に学ぶために構成されています。
「CSCATTT」とは、災害対応における共通言語のひとつです。特に傷病者の救助のため、緊急事態における情報共有のための言語を学ぶことを目的としています。
CSCATTTは、
からなる言語で成り立っています。
まずはじめに、被災地での「C:指揮と統制」を決めます。あらかじめそれぞれの持ち場や連絡体制を整えることで、情報共有や報告義務などをスムーズに進めるためです。もしもこのような指揮・統制が決められていない場合、行動指針にブレが生じて支援が進みにくくなったり、支援の取りこぼしが生じてしまうおそれがあります。
ふたつ目の「S:安全」では、自分自身(Self)と現場(Scene)、生存者(Survivor)の3つのS(安全)を確認します。被災者の安全を守ることはもちろん大事ですが、救助に当たる側の安全も守らなければ適切な支援を行うことはできません。
次の「C:情報伝達」は、情報共有を積極的に行って連携強化を図り、「A:評価」では、負傷者の数、傷病の程度・種類、現場の安全性、避難所の状況など集約された情報をもとに現状を把握して今後の方針を決定し、必要な支援を定めていきます。
そして災害医療現場で行われる3つの「T:トリアージ、治療、搬送」に関する基本的な知識も、BHELPでは学ぶことになります。災害現場では医療資源が不足する一方、迅速さが求められ、どの傷病者や状況が最優先されるべきかを確かめ判断していく必要があるためです。
災害現場では、傷病者の救護ともうひとつ、要配慮者の救護も大きなテーマとなってきます。この要配慮者の救護の共通言語として活用されるのが「CSCAHHH」です。
CSCAHHHは、前述したCSCAに合わせ
がキーポイントになります。ここで押さえておきたいポイントは、CSCAHHHは「CWAP(要配慮者)」が優先的な対象となる点です。
CWAPとは、
を意味します。
「C」に該当する「子ども」は、低血糖や脱水などのリスクが高いと同時に、災害によって心理的なダメージも強く受けています。心身のケアを試みても心を閉ざしてしまったり、PTSDにつながったりしてしまうケースも多く報告されています。
「W」の女性のなかでも、妊娠中や産後で身動きや育児に困っている方が要配慮者の対象となります。災害現場では要配慮者の視点を活かし、妊娠や産後で悩んでいることがないか、適切に把握することが大切です。
「A」の高齢者も体力的な問題や慢性疾患などの場合はリスクが高く、移動や避難には優先的なサポートが求められます。
そして「P」の患者に対しては持病や症状を聞くなど、災害関連死のリスクからより多くの人が助かる道を考えることがBHELPでは求められます。
BHELPの一般的な標準コースでは、計8時間の研修と筆記試験を受けます。
時間 | 分 | 教授法 | 内容 |
---|---|---|---|
09:00~09:10 | 10 | オリエンテーション、スタッフ紹介 | |
09:10~09:30 | 20 | 講義 | BHELP 標準コースの概要 |
09:30~09:40 | 10 | 講義 | 避難所の概要 |
09:40~10:15 | 35 | 演習 1 | 自らの生命を守るための行動と備え |
10:15~11:00 | 45 | 講義1 | 災害対応に関する共通言語 CSCATTT |
演習2 | 発災直後の指定緊急避難場所での応急的な対応 | ||
11:00~11:10 | 10 | 休 憩 | |
11:10~12:05 | 55 | 講義2 | 要配慮者対応の共通言語 CSCAHHH |
演習3 | 要配慮者の生命と健康を守るために | ||
12:05~12:55 | 50 | 昼 休 憩 | |
12:55~13:30 | 35 | 演習4 | 指定緊急避難場所から生活の場としての指定避難所への移行 |
13:30~14:00 | 30 | 講義3演習 5-① | 避難所の生活環境のアセスメント |
14:00~14:15 | 15 | 演習 5-② | 避難所で生じやすい健康問題と予防対策 |
14:15~14:55 | 40 | 演習 5-③ | |
14:55~15:05 | 10 | 休 憩 | |
15:05~16:10 | 65 | 演習 5-④ | 生活環境改善のためのレイアウト |
16:10~16:15 | 5 | 筆記試験 | |
16:15~16:25 | 10 | 講義4 | 好事例集 |
16:25~16:30 | 5 | 質疑応答・修了式 |
筆記試験に合格するとBHELPの研修修了者として名簿に登録されます。さらに専門的な講義と演習を極めたい場合は、インストラクターコースを受けることができます。
BHELPでは専門的な内容を学びますが、研修を修了して終わりではなく、実際の災害時に活かすことができてこそスタートを切ったと言えます。
特に災害時における共有言語や要配慮者の確認、応急対応や生活環境アセスメント、避難所の開設・管理・運営は、1日でも早い対応が不可欠です。そこでBHELP受講修了者が率先していち早く行動し、冷静かつ適切な対応をすることで、BHELPの研修の成果を発揮できるといえるでしょう。
空飛ぶ捜索医療団では、各講義やグループワークを通じて受講生に避難所支援に関する学びを深めてもらうことを目的に、毎年定期的にBHELPを主催しています。これまではオンラインでの研修を年に10回開催してきましたが、今年1月には対面コースとして、ピースウィンズと災害時連携協定を締結した佐賀県の江口病院にて開催しました。
今回は「被災地域内で発災直後から支援者となり得る医療・保健福祉に関連する専門職及び防災業務に従事する行政職員」を対象に、看護師をはじめ病院事務や保健師、薬剤師、診療放射線技師、さらに警察官や救急救命士など40名の多職種の方にご参加いただきました。
講習では、CSCATTTやCSCAHHHなど、災害現場で求められる基本的な共通言語に関する講義のほか、避難所での課題や支援活動の演習では、令和6年能登半島地震における支援現場の話や映像なども交えながらプログラムは進められました。
災害に関する研修が初めての方が多いなか、対面ならではの活発なディスカッションもおこなわれ、空飛ぶ捜索医療団のプロジェクトリーダー稲葉医師や今回講師として参加した空飛ぶ捜索医療団のロスター(登録隊員)たちの、実際の被災地での経験に基づく講義内容に、受講者は熱心に耳を傾けていました。
また、災害発生時に避難所になることが多い小・中学校では、教員が避難所運営を担うことが少なくありません。しかし、実際に教師は避難所運営で何をすればよいのかなどの指導は受けていないことが多いという現実があります。
災害関連死を防ぐためには、避難所での運営に紐づく健康管理が大きなテーマとなってきます。災害現場において本当に支援が必要な人に必要な支援を届けるためには、医療チームだけでなく、多くの人たちの助けと連携が必要です。
現段階ではBHELPの受講生の多くは医療関係者ですが、避難所運営に関わる可能性のある行政職員にもBHELPの講義内容は役に立ちます。一人でも多くの方が災害支援の知識を持って対応できる状況をつくり出すことが、被災者の健康や生命の安全を守ることにつながります。今後はより幅広い職種の方々にも参加を呼びかけていくなど、BHELPの活動を通して地域の災害対応能力の向上も支援していきたいと思います。
【参照】一般社団法人 日本災害医学会|地域保健・福祉の災害対応標準化トレーニングコースBHELP
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広報:
空飛ぶ捜索医療団"ARROWS" 編集部
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