JOURNAL #1072021.10.06更新日:2024.04.26
医師:稲葉 基高
2021年3月、空飛ぶ捜索医療団を運営するピースウィンズ・ジャパンでは大洋州で初めての事業地として、パラオ共和国にて「島嶼部での病院船による巡回検診・診療と非感染性疾患(生活習慣病)の予防体制の強化」の事業を開始した。
※詳細は、ピースウィンズジャパンのパラオ事業についてまとめたページをご覧ください。
パラオ共和国は340以上の島からなり、人口約18,000人の島嶼国で、保健医療分野においては、慢性的な保健医療サービス従事者不足のため、十分な医療サービスが行き渡っておらず、人材育成を含めた保健医療水準の向上、および生活習慣病予防が急務となっている。
そこで今回開始したのが、パラオ共和国で船を使った検診を行って、パラオの人々の糖尿病や高血圧を減らすため、生活習慣の改善を促す、というプロジェクトだ。「なぜ、パラオで船を使った検診なのか?」ということを説明したい。
私は2016年にPacific Partnershipという日米豪の連携で行われる医療支援事業に参加し始めてパラオを訪れた。恥ずかしながらそれまであまり日本とパラオの歴史について明るくなかったのだが、医療ミッションの合間に訪れたペリリュー島で自分よりもずっと若い日本軍の兵士が1万人以上も亡くなったことや、パラオと日本の強い結びつきについて多くの在留邦人の方から教えていただき、「パラオのために何かお役に立てることはないか」と考えるようになった。
医療ミッションの中で驚いたことはパラオの人にとても肥満が多いことだ(パラオの肥満率は男性女性ともに世界3位)。
食生活の欧米化や運動習慣がないことが原因と言われているが、若くして糖尿病患者となる人も多く、糖尿病性の腎不全からの透析患者も増え続けており、パラオの医療費を圧迫していた。
パラオには健康な人が自分の健康状態をチェックするという習慣はなく、日本のように雇用者に定期健診が義務付けられているわけでもない。結果として多くのパラオ人が糖尿病や高血圧などの生活習慣病が進んで症状が出る状況になって初めて病院を受診し、ずっと治療が必要な状態となっている。生活を正しても間に合わないのだ。これはパラオのみならず、大洋州全体の問題でもある。
私が現在も非常勤で勤務している病院を運営する岡山県済生会は、瀬戸内4県の済生会支部と共同で離島のために検診船を運航している。ドラマ「海を渡る病院船」のモデルになった「済生丸」である。
直感的に済生丸のスキームが太洋州に貢献できるのではないかと思いついたのが約2年前。そのアイデアをピースウィンズの仲間が形にしてくれ、外務省の資金を活用し2021年3月に正式に事業スタートとなった。
本事業も漏れなく新型コロナウィルス感染症の影響を受け、なかなか渡航や準備がままならなかったが、9月に入りやっと私もパラオ入りすることができた。久しぶりのパラオだったが、親日でのんびりとした雰囲気は変わらずであった。
パラオには「DENGUA(デンワ)」「OMEDETO(おめでとう)」「DAITORIO(大統領)」など日本語がそのままパラオ語になっているものが多数ある。「ビールを飲む」は「ツカレナオース」だし、私が本事業を説明した駐日パラオ大使のお名前は「マツタロウ」大使であった。
パラオ入りしてパラオのカウンターパートに今回の事業を説明する中で、ふと「Health Screeningでも、Health Check-upでもなく、生活習慣病予防のための新しい概念として“KENSHIN”(検診)をパラオ語として広める方がインパクトがあるのではないか?」と考えた。駐在メンバー、パラオ保健省にも賛同いただき船と”KENSHIN”を前面に打ち出したポスターを作成して広報することにした。
また、今回の事業は日本側だけで成立するものではなく、現地の医療従事者との連携が欠かせない事業である。現地保健省や病院関係者と協議を重ね、協働のお約束をいただいた。
今回巡回対象としている離島各州の知事や環境大臣にもお会いし、生活習慣病(NCDs)予防の重要性と”KENSHIN”の目的などについて説明したところ、パラオ側からも大きな期待をいただく事業の滑り出しとなった。
今回の取り組みはいわゆる船や医療機器を進呈して終了するようなハード支援ではなく、長い目で先を見据えたソフト支援事業である。大きな花火を打ち上げるのではなく、コツコツと堅実にパラオの人たちの健康意識の変容に貢献できればと思っている。
もちろんパラオの医療事情は”KENSHIN”だけでは解決されない。パラオの病院へ「空飛ぶ捜索医療団”ARROWS”」を通じた日本の医療者派遣プログラム、、、など、今後の可能性は無限大だ。
WRITER
医師:
稲葉 基高
ピースウィンズ・ジャパン 空飛ぶ捜索医療団 医師 空飛ぶ捜索医療団プロジェクトリーダー 国内外で多数の災害医療支援経験を持つ。救急科専門医、外科指導医、消化器外科指導医、集中治療専門医、社会医学系指導医、統括DMAT等の資格を活かし、現場の目線を大切にした活動を心掛けている。
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