JOURNAL #2772023.11.30更新日:2024.02.10
広報:空飛ぶ捜索医療団"ARROWS" 編集部
日本は阪神淡路大震災や東日本大震災をはじめ、地震や台風、豪雨などの大災害が起こる「災害大国」と言われています。
そんななか、もし住んでいる地域で大災害が起きてご自分やご家族が被害に遭ったら、どのように救出されるか?
当面の間避難所生活を余儀なくされ、怪我や持病の心配がある場合、通常時と同じような医療を受けられるか?
また、感染症の拡大やテロ事件の発生と重なった場合、どのような状況下になるのか?
このような想像をしたことがあるでしょうか。
今回の記事では、緊急時に受けられる医療・災害医療をとりあげ、災害医療と通常時の医療との違い、災害医療の流れ、過去の事例について解説します。
まず災害医療とは、地震や台風、豪雨などの自然災害、大規模事故、テロをはじめとする大事件の発生時に行われる医療のことです。自然災害の発生時の救助、手当はもちろん、避難所生活での医療行為など、通常とは異なる状況下で進められます。
災害医療について理解を深めるために、通常時の医療との違いについて見ていきましょう。
災害医療における最大の特徴は、医療の需要が供給よりも上回っている点です。つまり、病院や医師の数に対して患者数が圧倒的に多い状況となります。通常時なら、身体の痛みや疾患がある場合、医療機関を受診することで必要な医療が受けられます。しかし災害や医療が起こる時は、
・時間や人員などの医療資源が通常時よりも限られる
・多くの患者や傷病者への対応が求められる
といった状況に置かれます。
このような状況における災害医療の最大の目的は1人でも多くの命を救うことです。
災害や事件の発生時、家屋や道路が破損し、命の危険に関わる緊急性の高い重症外傷患者が多くなります。また緊急治療を施しても救命できる可能性が低く、既に死亡が確認されている患者も続出します。医師や看護師などの従事者や医療物資が限られていることも考慮すると、相手が「救える命か」を判断し、優先順位を意識して医療行為を提供しなければなりません。
さらに避難所生活での医療行為も、通常時の医療とは異なります。災害による怪我でなくても、基礎疾患や被災後の発症リスクが高い血栓症など、対応次第で悪化する病気も少なくないためです。避難所生活による病気や過労死が後を絶たないこと、妊婦や幼い子供が多いことも視野に入れると、災害発生当時でなくても慎重かつ適切な医療行為が不可欠となります。
救急医療も救急時に活動するため、災害医療に似ているように思われますが、2つには決定的な違いがあります。
災害医療 | 救急医療 | |
---|---|---|
実施タイミング | 緊急時 | 平常時 |
対象 | 緊急時に発生した怪我や病気 | 急性のある怪我や病気 |
人員や物資 | 不足していることが多い | 充足していることが多い |
救急医療とは、交通事故、狭心症や心筋梗塞による突然の心肺停止、アナフィラキシーショックなどの予期せず発生した怪我や病気に対応するための医療です。災害医療と同じように緊急性が高い状況にありますが、救急医療はあくまでも平常時の対応となるため、十分な人員や医療資源が用意され、比較的冷静な判断のもとで医療行為を提供できます。
これに対し、必要な物資が滞り、需要が供給を超える災害医療では、緊迫した状況下で限られた資源を最大限かつ効率的に活用しなければなりません。
災害医療は世界でも行われており、また日本でも最古では『古事記』に記載されているほど、概念としては広く成立していました。そんななか、日本で災害医療の体制が本格的に整備された契機は、1995年の阪神淡路大震災だと言えます。
阪神淡路大震災では、建物や家屋に致命的な被害がもたらされ、ICU使用や手術が可能な病院が限られていました。死者や怪我人、持病患者からの需要や供給を大きく上回り、医療の停滞による死亡者も増えるほどの状態にありました。
この結果を受け、厚生労働省は災害医療体制のあり方について研究会を発足し、その後に災害拠点病院や災害時の情報システムなどの人員や医療物資を整えることとなります。
こうして振り返ると、阪神淡路大震災が日本の災害医療の整備に関わったとも考えられますが、2011年の東日本大震災で次の課題に直面します。地震や火災が主な被害であった阪神淡路大震災に対し、東日本大震災では原発事故や大津波も加わり、被害の範囲が広がっていたためです。それぞれのケースに適切な対応が遅れ、災害関連死や避難所の高齢者や基礎疾患者への治療の中断などを防げなかった実情から、様々なケースに対応可能な災害医療の必要性が明らかになりました。
それ以来、緊急時に機動性を持って活動可能な災害医療チーム『DMAT』の体制整備や、支援チームの発足などにより、熊本地震や西日本豪雨災害などではより効率的かつ広範囲での活動がなされるようになりました。阪神淡路大震災や東日本大震災に比べ、避難者や関連死者の減少に大きく貢献しているとわかっています。
日本は世界でも災害が多く、またケースに合わせた対応が必須であることから、今後も災害医療の発展が期待されるでしょう。
災害医療は「DMAT」などの災害医療を専門とするチームにより、独自の流れ「3T」に沿って進められます。またテロ発生時や感染症拡大中などの状況下では、同じ災害医療でも対応が異なるケースもあります。ここでは、災害時の医療チームと、3T、特殊なケースにおける災害医療の流れについて解説します。
災害医療の必要時に活動するチームは、公営・民間ともに複数あります。
公営チームとして代表的なのが、厚生労働省の整備するDMATです。災害発生時に活動する特殊な医療チームで、前述したように阪神・淡路大震災の教訓に基づいて発足されました。全国にある指定の医療機関で働いていて、且つ研修と訓練を受けたメンバーのみがDMATとして活動することができます。
基本的には医師1名と看護師2名、業務調査員(事務員)1名と、合計4人体制で1チームとして活動します。
また、DMATは災害救助法のもとに派遣される医療救護班のなかでも特別な存在であり、災害発生から48時間以内に医療を行います。災害発生に伴って各都道府県の要請を受け、現地に向かい、被災地の災害拠点病院の指示通りに即時的な治療や広域医療搬送などに対応します。
民間で活動にあたる災害医療チームもあります。我々空飛ぶ捜索医療団”ARROWS”もその一つです。民間団体は規模や組織体制が様々なため、傾向を一概にまとめることはできませんが、一般に
・ルールや規則が少なく、スピード感を持って意思決定ができる
・型にはまらず、柔軟に選択することができる
などのメリットがあります。
2023年11月には、DMATと空飛ぶ捜索医療団を含む複数団体が合同訓練を行いました。非常時はどうしてもリソースが足りなくなるため、官民一体となり、それぞれの強みを活かして協働することが重要です。
災害医療の中で欠かせない流れが3Tです。3Tsとも言います。それぞれについて詳しく説明します。
災害医療の第一ステップと言えるべきものであり、フランス語で「選別」という意味があります。その名の通り、災害による傷病者を正しく選別するという意味合いを持ち、リソースが限られた災害発生時には重要なポイントです。
トリアージの段階では、専門の訓練を受けた医師と看護師、救助隊員が、以下の色分けを判断基準として、優先すべき対象を選別します。
◼️黒色: 既に死亡が確認されている、または生存していたとしても救命できる可能性は極めて低い
◼️赤色: 命の危機に瀕しており、速やかな救命治療が必要である
◼️黄色: 治療を要する外傷や疾患はあるものの、数時間程度の待機ができる
◼️緑色: 軽度な治療が必要であるものの待機ができる、緊急性がない
このように色分けをすると、緊急性が高く、治療による救命が可能な傷病者を適切に選別できるようになり、結果として多くの命を救えるようにもなります。
この段階では、医療機関に搬送するまでの一時的かつ応急的な治療が行われます。骨折部位の固定、止血や気道の確保、胸腔ドレナージ、ショック状態や圧挫症候群の傷病者に対する捕液治療などが用意されています。搬送後に本格的な治療を受けるまでに急変のリスクが見られる場合に必要な対応です。
応急的な治療を終えると、傷病者を適切な医療機関に搬送します。その際には、傷病者に必要な治療や受け入れ先の医療機関、搬送までの時間などを的確に把握する、冷静な判断力が問われます。特にトリアージで赤色と選別された傷病者には、可能な限り早い搬送が必要です。
災害医療が、通常時の医療と異なり、緊迫しながらも冷静かつ効率的な対応が求められることが見えてきたでしょうか。災害医療の特徴は、常に災害医療チームとしての行動や3Tに合わせた対応が必要だという点です。
ここからは、自然災害以外の特殊な状況下で、災害医療に課せられる対応についてお話しします。
自然災害の発生時に、インフルエンザや新型コロナウイルス感染症の流行が重なっている場合は、感染症拡大の防止もしなければなりません。そこで、緊急時の災害医療と通常時の感染対策を並行します。
具体的には、現場の傷病者が感染者であると想定し、厳密な衛生管理を徹底します。手指消毒、マスクやガウンの着用など基本的な感染対策を怠らず、また状況に合わせ防護服などが用意されるケースも多いです。医療機関への搬送後も通常時の感染対策に基づき、「3密」の回避や換気、検査などの項目が加わります。入院する場合にも、健康状態の管理と感染症対策が重視されます。
テロ事件の発生時も、災害が起きた時のように、予測できなかった事態に適切な対応をしなければなりません。この場合、傷病者だけでなく、医療機関と守るべき対象が増えます。
災害発生時、優先すべき対象は命の危険が考えられる傷病者です。そのため、搬送先の医療機関では重傷者への対応が重視されますが、テロ発生時は軽症者が搬送先に殺到するリスクも否定できません。これによって医療現場の混乱につながり、また救える命が救えなくなることを考慮すると、前もって緊急時の受け入れ体制を整備することが課題となるでしょう。
また化学兵器を用いたテロ事件が起きた場合には、危険物が医療機関に入ることによる二次被害も防がなければなりません。入口の閉鎖や着替えの要請などが必要となりますが、これらはまだ徹底しておらず、今後の課題となっています。
これまで、災害医療の役割や日本における重要性、状況に応じた医療の流れについてお伝えしました。以下からは災害医療のイメージをより強めるため、民間の災害医療チームである我々「空飛ぶ捜索医療団“ARROWS”」の活動事例をご紹介します。
『空飛ぶ捜索医療団“ARROWS”』とは、医療を中心軸とした災害医療支援プロジェクトです。1秒でも早く被災地に駆けつけるべく支援を行うため、”Airborne Rescue & Relief Operations With Search”」の頭文字を取り、ARROWS( アローズ )と名付けました。
災害発生時には、航空機やヘリコプター、船などの輸送手段を使い、医師や看護師、レスキュー隊、災害救助犬とのチーム制で被災者の方々を支援しています。
空飛ぶ捜索医療団の取り組みには様々なものがありますが、今回の記事では以下の事例を採用します。
2020年より世界中で大流行した新型コロナウイルスは、私たちの生活や経済、プライベートなどに大きな影響を与えました。空飛ぶ捜索医療団では当時の現状を深刻視し、日本で感染が拡大する前の2020年1月より、中国武漢市への緊急支援を開始しておりました。
日本においても、2020年2月以降から全国各地の医療機関や高齢者施設への医療物資支援や人的支援など、多様な支援を積み重ねています。具体例としては、以下のような支援を行いました。
民間団体ならではのネットワークと実践力を駆使し、困難な状況下にある環境の支援を行いました。
熊本県と佐賀県に大雨特別警報が発令されたことから、緻密な情報収集のもと、医療・レスキュー・災害救助犬からなる支援チームを現地に派遣しました。
など、緊急時から通常医療の対応までを行いました。
海外での災害医療も例外ではありません。2023年9月、モロッコ中部にM9.8の強い地震が発生し、大都市のマラケシュをはじめ甚大な被害がもたさられました。これを受け空飛ぶ捜索医療団は支援チームを派遣し、以下の支援活動を行いました。
今回の記事で解説した通り、災害医療は「緊急時において、限られた人員と医療資源を持ってできるだけ多くの人を救う」という役割を持ちます。また地震や台風、大雨やテロなどの災害発生当時だけでなく、避難所生活での感染症対策や持病の悪化防止など、それぞれの環境にいる方々の健康を守るという役割も背負っています。
だからこそ、任務を適切かつ効率的に進めていくには、専門家チームDMATと災害時の状況に応じた3Tの支えが非常に重要です。いくつもの事例や突発的なハプニングにも冷静さを失わず、さらに過去の事例を活かして改善点を増やしていく姿勢に、今後の期待も高まるでしょう。
空飛ぶ捜索医療団”ARROWS”は、皆様のご支援を受けて活動しています。ご興味をお持ちいただけた方は、ぜひ以下よりご支援に関する詳細をご確認ください。
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空飛ぶ捜索医療団"ARROWS" 編集部
空飛ぶ捜索医療団"ARROWS"ジャーナル編集部です。災害に関する最新情報と、災害支援・防災に関わるお役立ち情報をお伝えしています。
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