JOURNAL #3722024.10.28更新日:2024.10.28

一人ひとりに寄り添い、出向く医療へ。災害医療とへき地医療の共通点とは?

空飛ぶ捜索医療団“ARROWS”は、災害医療だけでなく、平時は本部のある広島県神石高原町の医療機関で活動するなど、地域医療の課題にも取り組んでいます。神石高原町は、高齢化率(65歳以上の割合)が50%を超える過疎地。こうしたへき地における地域医療は、日本が抱える社会課題のひとつといわれています。今回は、この課題に取り組む空飛ぶ捜索医療団の看護師、新谷絢子に、災害医療やへき地医療に求められること、また両者の関連性について話を聞きました。

気持ちに寄り添い、傾聴するスキルが求められる医療現場

―― はじめに、新谷さんが看護師になったきっかけを教えてください。

看護師は、幼稚園の頃からの夢でした。おそらくもともと“世話好き”という性格も影響しているのかもしれませんが、幼少期に身近な人が亡くなってしまったときに漠然と看護師になりたいという思いが芽生え、その想いは年齢を重ねていくなかで強い意志へと変わっていきました。

そして、中学のときには「なりたい」ではなく「看護師になる」と決めて、5年一貫教育で看護を学べる高校に通い、高校3年のときに准看護師、20歳で看護師免許を取得しました。スケジュールは過密でとても大変でしたが、でも学べば学ぶほど看護師という仕事が好きになっていきましたね。いろいろな経験をする度に「もっとやりたい」という想いが積み重なっていったという感じです。

―― 看護師としてキャリアは、どのように積まれてきたのでしょうか?

最初の勤務先は、大学病院でした。そこでも本当にいろいろなことを学び、経験しましたが、5年くらい経ったときに、もっと一人ひとりと向き合える看護をしたいと思うようになり、一旦、退職して心理カウンセリングや、大切な人を亡くした方々の心のケアを行う「グリーフケア」について学ぼうと考えました。

しかし、ちょうどそのとき東日本大震災が起きて……。勤めていた病院が被災したこともあり、辞めないで残るべきか、とても迷いましたが、いろいろ悩んだ末にボランティアの看護師として被害が大きかった宮城県石巻に行きました。

―― そもそも新谷さんはなぜ心理ケアを学ぼうと思ったのでしょうか。

私たちの仕事では、看取る場面に立ち合うことも多く、遺族のなかには後悔の念を持っている方がいます。「こうしてあげればよかった……」「もしもこうしていれば……」という想いが残る。悲しみや寂しさ、葛藤や後悔、さまざまな感情が複雑に絡み合って気持ちが整理できず、大切な人を亡くしてしまったという現実を受け入れることは容易ではないと感じました。ご遺族は悲嘆に向き合いながらも生きていかなければならない。グリーフケアは、こうした悲しみを持った遺族をケアすることを指します。

私たちがケアするのは遺族ばかりではありませんが、このグリーフケアの根本は「気持ちに寄り添う」ことにあります。心理ケアやグリーフケアに興味を持ち始めたのは、遺族も支えたいと思うようになったのと同時に、治療や療養をサポートする上でもっと一人ひとりの感情に寄り添う必要があるのではないかと感じたからです。

石巻の被災地では、主に避難所や在宅、仮設住宅での活動、その後は訪問看護師として活動しましたが、災害現場でこそ心理ケアの必要性を強く感じましたね。

―― 心理ケアは、看護の現場ではどのように生かされるのでしょうか。

遺族の方々もすべての患者さんも、家族背景やその人が生きてきた環境や過程など、本当にいろいろなことが積み重なって今があります。病気や症状は同じでも、そこには個々の感情があるわけです。ですから私たち看護する側はそうした個別性をきちんと意識することが大切で、特に災害地のような現場ではより必要になってくる場面が多くあります。

その人はどういったことに後悔を抱いているのか、どんな経験をしてきて、そのときにどう感じて、これからどういうふうに生きていきたいと思っているのかなど、深い心理を知ることでより適切なケアができると考えられています。

―― 深層心理まで知ることで、看護の選択肢が変わるようなこともあるのでしょうか。

医療的な対応、看護が大きく変わるようなことはありませんが、かける言葉ひとつで精神面での不安を取り除いたり、より良い方向に導いてあげたりすることはできるのではないかと思います。

ただ、そうしたセンシティブなお話は、身近な人ほど話せず、第三者だからこそ話しやすいということが少なくありません。個々人に寄り添った看護を実践するためには、こうした第三者として傾聴するスキルが必要になってきますね。

“待つ医療”と“出向く医療”の違い

―― 新谷さんは大学病院から災害医療の現場に行かれたわけですが、看護師にとってどのような違いがあるのでしょうか。

どちらも医療や看護を提供することに変わりはありません。災害現場でも病院や避難所が機能していて、そこに行ける人は同じように医療を受けられますが、被災された環境や状況によっては、病院にも避難所にも来られない人がいます。

たとえば、半壊した家屋の片隅など、劣悪な環境で命をなんとかつないでいるけれど、SOSを出せずに亡くなってしまった方も目の当たりにしました。いわゆる未治療死や災害関連死と呼ばれるものです。

―― そうした災害関連死を防ぐためには、どのようなことが必要になってきますか。

ひとつは待つ医療ではなく、出向く医療を実践すること。待っているだけでは、本当に助けが必要な人を救うことができないのが、災害地の現実です。

もうひとつは、医療と保健福祉をシームレスに支援する体制づくりだと思います。たとえば、地域にはその地域に根付く文化や社会的資源があります。ここでいう社会的資源とは、その地域で暮らす方が最後まで幸せに暮らすことができる環境を地域全体でつくっていく包括ケアシステムと呼ばれる仕組みや、障がい福祉サービス、介護保険サービスなどのことです。

医療や保健福祉は、こうした地域の社会環境と深く関わっていて、そのなかで住民の方々は暮らしているので、その地域社会のことも理解することで医療から保健福祉へのシームレスな看護が可能になります。この点は、へき地医療と多くの共通点がありますね。

―― 医療と保健福祉の連携は、能登半島地震の支援活動でも重要な課題とされていました。それがなぜへき地医療にも求められるのでしょうか。

もちろん、医療体制が整っている都市部でも医療と保健福祉の連携は重要ですが、災害地やへき地ではより密接に考えていく必要があります。

災害地もへき地も、救急医療のような高度な医療体制が整っているわけではなく、限られた人員と環境のなかで、創意工夫しながらやっていかなければなりません。また、へき地では地域内に医療機関が少なく、車などの移動手段がないと病院に行けないなど、医療が身近にある環境とはいえません。命をつないでいくためには、医療だけでなく保健福祉も考慮した総合的なアセスメント能力により、シームレスな支援の提供が必要で、状況や環境も含めて、求められる知識が災害現場とへき地は似ています。

つまり、へき地医療の経験が災害現場で役立ち、災害医療の経験がへき地医療にも生かされると私は考えています。

災害医療にも共通するへき地医療で学べることとは

へき地診療所で患者の血圧を測る新谷看護師

―― 看護師としてのキャリアを形成する上で、へき地医療での体験はどのようなメリットがあると考えられますか。

大学病院や都市部の大きな病院は、設備も教育体制なども整っていて、より専門的な知識を学び、それぞれの分野でのスペシャリストを目指したい方にとっては、とても良い環境です。しかし、組織体制なども確立されているため、看護師はどうしても看護師の業務に限られる傾向にあります。

一方でへき地医療は完全分業制ではなく、ひとりがカバーしなければいけない業務が幅広いといえます。専門分野の強みを持っていることは確実にプラスにはなりますが、現場ではどちらかというと幅広く、いろいろなことができるジェネラリスト的な存在が求められるというイメージです。

たとえば、目の前の患者を診るだけでなく、近隣総合病院や福祉施設、地域の看護・介護サービスなどと連携することも、看護師の大切な役割になります。つまり、より直接的に地域医療を学べる環境にあるといえるでしょう。

―― 人材不足という課題もあると聞きました。

たしかに、医療業界全体で人材不足が叫ばれていますが、中山間部と呼ばれるへき地では医療資源や医療機関も限られていて、その課題がより深刻化しています。へき地医療というと人が足りない上にやることが多くて大変なイメージを持たれる方も多いですが、個人的にはなんでも体験できる環境だと前向きにとらえています。

特に私のように技術的な看護スキルを突き詰めていくだけではなく、一人ひとりと向き合う看護を求めている方にとっては、へき地医療はとてもやりがいのある環境なのではないかと思っています。

―― 大きな病院では、どうしてもより多くの患者をケアしなければいけないぶん、一人ひとりに関われる時間は少なくなってしまう……

大学病院などでは患者数も多く、個々の患者さんの生活にまで踏み込むことはなかなか難しいことですが、へき地医療では患者さんとの密なコミュニケーションはとても大切な要素になります。医療体制が十分ではないからこそ患者さんの言葉や生活環境を見据えた情報がより重要になり、必要になってくるからです。

特に過疎が進むへき地では、患者数こそ少ないですが、ほとんどが高齢者です。こうした環境のなかで、診察室にいる時間だけでなく、普段の会話からも多くのヒントが得られます。目の前の症状や治療だけでなく、生活面からケアすることが健康を維持していく上でとても大切で、それが包括的に地域の健康を守っていく地域医療にもつながっていきます。

―― 能登半島地震の支援では、地域の健康を守るという観点から現地に長期的に駐在して避難所や仮設住宅、在宅避難者への戸別訪問などをおこない、丁寧にコミュニケーションを重ねながら地域の健康を守る活動を続けています。

今回、私は短期間の勤務でしたが、復旧・復興期の珠洲市に入ったとき、このへき地で求められることと、被災地に必要な支援に、多くの共通項があることをあらためて確認できたように思います。

特に能登半島地震のような大規模災害では、継続的な支援が必要です。発災から9ヵ月ほど経ちましたが、仮設住宅も含めてまだ多くの方が家に帰ることができず避難生活を強いられている状況で、さらに今回は奥能登豪雨による水害にも見舞われ、現地の方々の置かれた環境や心情を思うと言葉になりません。

今、現地スタッフが、珠洲市で強固な信頼関係を構築し、被災された方々の生活を見据え、被災地で共に暮らしています。一人ひとりに向き合い、懸命かつ丁寧な活動や関わりが、被災された方々の傷ついた心を和らげ、きっと多くの人を災害関連死から救う価値のある活動であると感じます。

また、災害関連死を減らす上で、その地域で活動する人々をどう支えていくか。平時の地域でも被災地でも、長期になればなるほど支援者支援も、重要な課題になってくると思います。

―― 寄り添う看護、医療と福祉のシームレスな支援、出向く医療など、災害医療とへき地医療には重なる点が多いですね。

医療で救える命は多くあります。同時に、その命をきちんと未来につなげていくことも同じように重要で、私たちがやらなければならない支援のひとつです。

そのためには、災害地でもへき地においても、やはり待つ医療だけでなく、訪問看護など出向く医療が必要です。そして個人的には、一人ひとりの患者さんに寄り添い、潜在化している目に見えないニーズなどにもきちんと目を向けていける看護師でありたいと思っています。

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空飛ぶ捜索医療団“ARROWS”では、へき地診療所における診療活動を中心としながら、近隣総合病院や福祉施設、地域の看護・介護サービスとの連携など、地域医療事業に携わる看護師を募集しています。将来的には、訪問看護の立ち上げや、オンライン診療システムを使った出向く医療など、その地域の健康を守るための新しい取り組みにも挑戦していきます。詳しくは下記まで。

空飛ぶ捜索医療団”ARROWS” 地域医療事業 看護師

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