JOURNAL #4252025.04.11更新日:2025.04.14

【災害救助犬ロジャーの挑戦記・後編】 一人でも多くの命を救うために国際救助犬試験に挑む

広報:空飛ぶ捜索医療団"ARROWS" 編集部

photo : H.Fukada/Kumafu

2024年11月、長野県富士見町にあるRDTA八ヶ岳救助犬訓練センターにて、国際救助犬連盟(IRO)公認の「ミッション・レジネスト・テスト(MRT)実働想定試験」が開催されました。この試験を受けるためには、国内開催の救助犬捜索試験の3段階の試験に合格する必要があり、空飛ぶ捜索医療団“ARROWS”のハンドラー大西純子と救助犬ロジャーは、1年でその捜索試験に合格。日本では初開催となる、IRO国内MRTに挑みました。災害救助犬ロジャーの挑戦記・後編――

シープドックから救助犬へ

―― そもそもロジャーはいつから救助犬になったのでしょうか。

ロジャーは今5歳ですが、ベルギーで生まれ韓国でシープドックとして活躍していた子なんですね。ちょうど先代救助犬の後継を探していたところ、縁があって紹介していただき、2023年4月から私と暮らし始めて一緒に訓練をするようになりました。

―― 救助犬の訓練を始めてからまだ2年しか経っていないんですね。

はい、連れて帰るその日に、救助犬の瓦礫サイトでの訓練を予定していましたので、そこで試しに瓦礫の上を歩かせてみたら、ロジャーは何の躊躇もなく、瓦礫を上っていきました。瓦礫の上は足元が不安定で、最初は嫌がる犬も多いのですが、ロジャーは最初から体を上手に使って瓦礫の上を移動していったのです。

しかもワーッと上っていくのではなく、足元を確認するように、すごく丁寧にそして楽しそうに上っていく姿を見て、「この子、センスがある」と思い、すぐに救助犬の訓練を本格的に始めることにしました。

photo : H.Fukada/Kumafu

―― “体の使い方がうまい”ということは、救助犬としてどのようなメリットになるのでしょうか?

ケガをしない、身を守ることにつながります。救助犬は倒壊家屋など、ガラスや瓦礫が散乱しているところを歩かなければいけないことが多いので、気をつけていてもどうしてもケガをしてしまう救助犬もいます。犬自身も鼻を効かせて捜索に集中しなければならない一方で、自分の体を守りながら捜索していくことが求められます。ケガをしないように体をコントロールして瓦礫の上を歩けることは、救助犬として求められる大切な素質のひとつだと思っています。

実際の災害さながらの厳しい“実働想定試験”

photo : H.Fukada/Kumafu

―― ロジャーが受験したテストは、どのような試験だったのでしょうか?

今回、私とロジャーが受験したのは、IRO公認のMRT(ミッション・レジネス・テスト、実働想定試験)で、国内では初めての開催になります。試験は、長野県富士見町にあるRDTA八ヶ岳救助犬訓練センターにて、私とロジャー、空飛ぶ捜索医療団のロスターメンバーでもある青木さんとジーノのペアのほか、全12組がエントリーして3日間にわたって行われました。

試験のメインは、実際の災害現場を想定した36時間の捜索活動で、そのほかに「INSARAG(国際捜索救助諮問グループ)の筆記試験」「救護想定」「犬の救急救命」の4つが主な試験項目になります。

瓦礫サイトの捜索は“実働想定試験”なので、スケジュールなどは受験者に一切知らされず、私たちはテントで待機しながら出動命令が来るのを待ちます。

photo : H.Fukada/Kumafu

会場には3つの瓦礫捜索サイトがあって、試験では各20分間の捜索を5回おこないます。私とロジャーの1回目の捜索は試験会場に15時にチェックインしたあと19時すぎに召集がかかり、19時50分にスタート。その後、2回目は翌日の早朝6時30分から、3つのサイトを移動しながら連続して捜索。その後、筆記試験をおこなったのち、最後の5回目の瓦礫サイトでの捜索を20時すぎにおこないました。

捜索はかなり集中しておこなわなければならないので、救助犬とハンドラーにとってもかなりプレッシャーと疲労はたまりますが、ロジャーは集中力を切らさず、よくがんばりましたね。

■大西純子×ロジャーのスケジュール

1日目16:00テント設置
19:50瓦礫サイト捜索①
2日目6:30瓦礫サイト捜索②
7:05瓦礫サイト捜索③
7:40瓦礫サイト捜索④
15:40INSARAG筆記試験
20:05瓦礫サイト捜索⑤
23:00救護想定
23:20犬の救急救命(筆記/実技試験)

―― かなりハードなスケジュールですね。瓦礫サイトでの試験は、どのようにおこなわれるのでしょうか?

基本的に実際の災害の捜索現場と同じように、ハンドラーは現場の状況や行方不明者の有無などの情報収集から始まります。捜索を開始するとハンドラーは救助犬を帯同して現場に入り、後ろを付いて救助犬の反応を確認しながら捜索したり、いくつかの捜索サイトではハンドラーの行動範囲が制限され、救助犬はひとりで捜索に向かわなければならないシチュエーションもありました。

ハンドラーのコマンド(命令・指示)で指定された範囲を救助犬はくまなく探して人の気配やにおいをかぎ分けていき、見つけたら「ここに人がいるよ!」とハンドラーに知らせて、ハンドラーが声かけや目視で確認し報告するところまでが試験になります。救助犬は人のにおいを見つけたら速やかに“吠えて”ハンドラーに知らせることが求められました。

ただ、ロジャーはもともと意識的に吠えることが苦手な犬なんですね。このことが審査結果に影響したとあとから審査をしていた台湾消防の方が教えてくれました。要救助者を発見しロジャーなりに尻尾を振るなど知らせてくれて、それを私自身も確認できていたり、私から見えない位置で反応をしているのです。ただ、吠えなかったんです。嬉しそうに尻尾を振ってがいたのですが(笑)

photo : H.Fukada/Kumafu

―― “発見”することはできたけれど、“伝え方”が不明瞭だった……厳しいですね。

実際の現場では何が起きるかわからないので、誰もがわかる意志疎通が求められます。訓練を始めた頃はまず“探す”練習を集中的に教えていき、それから少しずつ“発見したら吠える”ことを覚えさせていきました。いつものトレーニングでは吠えて知らせてくれることはできていたのですが、なぜか今回はそれができなかった。なにかいつもと違う空気を感じたのか、ロジャーなりに緊張してしまったのかもしれませんね。私の緊張もあったでしょうし(笑)

救助犬だけではなく、ハンドラーの知識・スキルも求められる

photo : H.Fukada/Kumafu

―― 試験の項目を拝見すると、筆記試験と救護想定、犬の救急救命があります。こちらは、どのような試験になるのでしょうか?

「INSARAG(国際緊急援助隊救助チーム)の筆記試験」は、主に現場で使われる言語や表記の確認です。国際緊急援助・捜索では、さまざまな国からハンドラーと救助犬が集まるので、そこには共通言語が必要になります。略語なども含め、同じ言葉や表記でも正確にその意味を理解することが重要になるため、筆記試験はその理解度テストのようなものです。

photo : H.Fukada/Kumafu

「救護想定」も救助犬ではなくハンドラーの試験で、人の救護知識とスキルを試すテストです。実際の試験では、想定として重量物に両足を挟まれた人を発見し、その人の対処法が試されました。具体的には、意識レベルの確認や脈拍をとるなど、いつもARROWS(空飛ぶ捜索医療団)の訓練でおこなっていることですね。

そしてもうひとつの「犬の救急救命」は、救助犬が現場でケガをしてしまった場合の対処法の試験です。たとえば、救助犬が捜索中に骨折したときの応急処置として固定の仕方や、傷を負ったところの圧迫止血などをおこないました。

photo : H.Fukada/Kumafu

―― 救助犬だけではなく、ハンドラーも知識や対処法を備えておくことが求められるわけですね。

もちろん、最大限の注意は払いますが、どうしても災害現場で救助犬がケガをしてしまう可能性はあるので、そのための準備はハンドラーの責務として必要になってきます。

また、災害救助に出動する場合、携帯する必要な持ち物がいくつかあるのですが、その持ち物チェックも今回の試験ではとても厳しくみられ、たとえば犬の救急救命の試験で使ったようなものをきちんと所持していることなどもチェックされます。そのほかにも、ハンドラーの着衣もヨーロッパの安全基準をクリアしているものしか認められない、ということもありました。

私たちは捜索することが仕事ですが、その前提として救助犬と自分たちの安全を確保することが求められます。災害救助に向かう私たちが二次災害を起こしてはいけない。現場で活動するということは自己責任でもあります。だからこそリスクを少しでも減らすためには厳しい基準が必要だというわけです。

資格試験は目標を持って訓練に励み、レベルアップを図れる貴重な場

photo : H.Fukada/Kumafu

―― 今回の受験を振り返り、どのような感想を持っていますか?

この試験に合格することを目指して、これまでロジャーには申し訳ないくらい、かなり詰め込んで練習をしてきました。正直最初は不安もありましたが、この1年間で飛躍的に成長して能登半島地震という大きな災害も経験し、今回の試験中の3日間でもロジャーがどんどん成長していくのが感じられて、とても嬉しく楽しかったですね。

実際にロジャーは、各サイトに隠れていた要救助者をほとんど見つけることができたんです。難易度はかなり高いシチュエーションだったので、訓練の成果は十分に発揮できたと思っています。残念ながら結果は不合格でしたが、本当にすごい犬とめぐり会えたな、とあらためて思いました。

photo : H.Fukada/Kumafu

―― こうした資格試験は、救助犬、またハンドラーにとってどのような意義を持つのでしょうか。

救助犬の訓練という観点からすれば、明確な目標を持って訓練に取り組むことができ、結果はどうあれ試験で評価されることで自分たちに足りないものもわかって、その後の訓練の組み立てに役立てることもできます。やみくもに訓練するよりも着実なステップアップになりますし、高いレベルを目指すきっかけにもなるので、こうした試験があることは私たちにとってとても価値のあることだと思っています。

また、この救助犬の世界は、日本に比べて欧米やアジア圏でもはるかに進んでいて、実際の災害現場でも多くの救助犬が活躍しています。今回は日本の評価員とオーストリア・台湾から国際評価委員の方も来ていましたが、そうした方々に見てもらい、アドバイスをいただけることはとても貴重なことで、IRO公認のMRTが日本で開催されたことはとても意義のあることだと感じています。

なによりも私たちのレベルを引き上げていくことはかならず現場で役に立ち、それは一人でも多くの人を救うことにもつながります。目標を持ち、日々の訓練がそこにつながるのであれば、資格取得を目指すことはとてもやりがいのあることだと思います。

photo : H.Fukada/Kumafu

―― 残念ながら今回は不合格という結果でしたが再チャレンジは?

もちろん、します!救助犬の育成は、通常子犬の頃から訓練を始めるのが一般的で、ある程度年齢を重ねた子がキャリアチェンジでこの訓練をおこなうことは難しいことです。でもシープドックだったロジャーは、3歳のときから救助犬の訓練を始めて1年半でここまでこれました。その成長ぶりはほこりでもあり、さらに伸びしろしかないと感じてワクワクしています。空飛ぶ捜索医療団の先代救助犬のハルク先生にはまだまだおよびませんが、ロジャーは真面目で頑張り屋さんです。私も一緒に成長していきたいと思います。

2018年北海道胆振東部地震にて捜索活動を行う救助犬“ハルク”とハンドラーの大西

今回の試験の結果を受けて、私とロジャーに足りないところを確認することができました。今後の訓練に生かすとともに、今回は国内MRTですが、この先には国際MRTもあります。最終的には、ロジャーと一緒に世界トップレベルを目指していければと思っています。(了)

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