JOURNAL #4282025.04.18更新日:2025.04.19

2025年春|ふるさと奥能登からの旅立ち。夢と決意

広報:空飛ぶ捜索医療団"ARROWS" 編集部

入学、卒業、就職…4月は多くの人が新たなスタートをきる時期。カメラを前にあたたかい笑顔を向けてくれたのは、番匠七海さん(18)。空飛ぶ捜索医療団が支援活動を通じて出会った彼女が抱くふるさとへの思い、そしてこれからの「夢」を伺いました。ARROWSジャーナル連載「奥能登に生きる」番外編――

番匠 七海さん(18)
石川県珠洲市に生まれ育つ。「令和6年能登半島地震」発災直後は家族とともに車中泊や親戚宅での避難生活を送る。数ヵ月後に地元に戻り、変わり果てた街での暮らしのなかで様々な体験をした。そしてある出来事から「夢」を抱き、この春、ついに第一歩を踏み出した。好きなことはお菓子づくりと友人たちとのおしゃべり。

豊かな自然。あたたかい家族。珠洲の人々。

観光名所でもある見附島と、徒歩ですぐに行ける海岸。穏やかな時間が流れる、地元の風景。写真提供:ご本人

私が生まれ育った珠洲市は、奇麗な空気と透きとおった海、そしていつも家族のようにあたたかく接してくれるご近所さんが自慢です。

幼い頃から私はご近所さんたちともすごく仲がよくて、学校から帰ると「おかえりなさい」と優しく声をかけてくれます。採れた野菜をもらい、家ではそれを使った料理を作ってお裾分けをしています。夏には地域の伝統的なお祭りを地域のみんなで一致団結して盛り上げます。

200余年の歴史がある蛸島キリコ祭りの様子 写真提供:ご本人

ショッピングモールのような遊ぶ場所はないけれど、豊かな自然とご近所さんの愛に溢れている珠洲が大好きです。

そして家族は私にとって大切な支えであり、ときにはみんなで景品を持ち寄ってカラオケ大会を催すこともある、まるで友人のような存在です。

特に、大好きな祖母が作る地元の漁港でとれた美味しい魚料理が大好きです。祖母の家には頻繁に通っていて、他愛もない話や悩みの相談に乗ってもらっています。とてもやさしい祖母です。

育ててくれた大切な街の、変わり果てた姿

珠洲市内の住宅街(空飛ぶ捜索医療団 2024年4月)

お正月は大みそかから午前零時を迎えたら家族みんなで「おめでとう!」と祝い合うのが恒例です。歩いて家の近くの神社にお参りをして、お寺に除夜の鐘を鳴らしに行きます。地震が起こる直前も、私の家のすぐ側にある祖母の家に家族みんなで集まり、お祝いをしていました。

そして自分のうちに帰宅して玄関に入った瞬間、16時10分。突然の大きな揺れに頭が真っ白になりました。外に出てみると、ご近所さんの家が崩れているのが目に入り、とても怖くなりました。

地域住民のほとんどが自宅から離れて避難生活を送っていたため、夜になると外灯だけが灯りはじめていた(空飛ぶ捜索医療団 2024年3月)

近くの小学校に行くと避難してきた人たちで満杯の状態。私たち家族は3日間車中泊で過ごすことにしました。とても寒かったですが、エンジンを長時間かけておくこともできないので、夜寝るときにはエンジンを一時間ごとに付けたり止めたりしながら、寒さをしのいでいました。

その後、祖母の体調があまり良くなかったので、珠洲に仕事がある両親を残し、祖母と兄弟と一緒に珠洲を離れ、母の実家で避難生活を送ることになりました。

大好きなご近所さんの家も潰れてしまっている状況を見ると、「自分だけが逃げてしまっていいのか」という葛藤も感じていました。

2ヵ月後、幸いにも自宅は住める状態になったので戻れることになりました。再開した学校で久しぶりに友だちと会えたときはとても嬉しかったしホッとしたのを覚えています。

不安な状況のなかでも安心して勉強できたのは、友人に話を聞いてもらえたのが一番大きかったと思います。

不自由な暮らしのなかで芽生えた想い

自宅に戻ってからは3ヵ月ほど水道が使えず、特にトイレが大変でした。

一変してしまった環境に悲しくなりましたが、その半面、本当にたくさんの支援が入っていることにも気が付きました。

学校に持って行くお弁当も作ることもできない状況でしたが、炊き出しをしてくれていた方が直接、料理を手渡ししてくれたとき、気持ちがぱっとあたたかくなるのを感じました。

飯田高校での炊き出し支援(空飛ぶ捜索医療団 2024年2月)

そして、支援活動をしている人たちと接していくうちに、「つぎは反対の立場となって、同じ気持ち、同じ立場にある人のことを手助けできれば」と思うようになりました。

高校3年生という時期もあり進路を決めていくなかで、自分にできることはなんだろうと、本やインターネットで調べていると「災害支援ナース」という存在が目に留まり、なんだかすごく惹かれて、私もになりたい!と強く決意しました。

実は、小学校のころから「養護教諭」という夢がありました。当時の先生が子どもたちに優しく寄り添っている姿がとても印象的で心に残っていることと、私自身も子どもが好きだからです。今まで一度もブレたことはなかったけれど、震災を体験したからこそ、子どもたちはもちろん、より多くの方に寄り添える自分になりたいという心境に変わっていきました。

これからが楽しみな一方で「看護師」になること、そして看護師として「災害支援」に携わることは、とても過酷なことだと感じています。この春からまずは看護学校で同じ志を持った同級生や先輩たちと一緒にたくさん勉強をしたいと思っています。

【編集後記】コミュニティ支援「お茶会」にも参加してくれました

今回の取材のなかで、空飛ぶ捜索医療団“ARROWS”のYouTubeチャンネルで観たという看護師のことについても触れられ、目指す人物像の一つとしてあげてくださいました。そこで空飛ぶ捜索医療団が珠洲市内でコミュニティ支援の一環として行っているお茶会に参加してみることに。

番匠さん持ち前のやさしさと明るさで、参加者のみなさんと楽しく談話し、看護師のサポ-トのもと血圧チェックのお手伝いをしました。取材のなかで番匠さんが何度も言葉にしていた「寄り添う」という人柄を感じられた、おだやかな時間でした。

彼女の心根にはいつも思いやりがあり、その心が看護師の夢へと導いたように感じました。
将来、どのような道を進んだとしてもきっと彼女は輝き、周囲を明るく照らしてくれているに違いありません。

これからも彼女のように「夢」や「希望」を見失わず、被災地の人々が日常生活を一日でも早く取り戻せるよう、活動を続けてまいります。

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