JOURNAL #4342025.05.09更新日:2025.05.09
ライター:大久保 資宏(毎日新聞記者)
近年、大規模な山火事が各地で相次いでいます。今年2月に発生した岩手県大船渡市での山火事は、鎮火まで41日かかり、同市の面積の1割に相当する約3,370㏊を焼失しました。これは平成以降最大の規模で、市人口の14%にあたる約4,600人に避難指示が出ています。翌3月には岡山で約565㏊、愛媛では約442㏊が燃え、その後も熊本、宮崎、長崎で小中規模の山火事が起き、大気汚染による健康への影響も危惧されます。大規模化の背景には何があるのでしょうか。
はじめに、日本国内にて多発している山火事の概要についてみていきましょう。
林野庁によりますと、昭和の一時期に年間約8,000件を超えていた山火事は近年、減少傾向にあります。直近5年間(2019~23年)の年間平均は約1300件で、毎日どこかで4件発生している計算です。
■近年の山火事の発生状況
区分/年次 | 令和元年 | 令和2年 | 令和3年 | 令和4年 | 令和5年 | 平均 |
出火件数(件) | 1,391 | 1,239 | 1,227 | 1,239 | 1,299 | 1,279 |
焼損面積(ha) | 837 | 449 | 789 | 605 | 844 | 705 |
損害額(100万円) | 269 | 201 | 176 | 345 | 125 | 223 |
発生時期は、約7割が冬から春(1~5月)で、最も多いのが4月。3、2、5月と続きます。冬は、落葉など燃えやすいものが地表にたまったり、空気が乾燥したり、強風が吹いたりするからで、春は、行楽や山菜採り、火入れなどで山に入る人が増えるためとされています。
■山火事の月別発生件数(令和元年~令和5年の平均)
出火原因のほとんどはたき火や火入れ、放火(疑いを含む)、たばこなどの人為的なもので自然現象はまれです。約5万件の事例を分析した峠嘉哉・京都大防災研究所特定准教授(水文学)によりますと、人が関与しているケースが全体の98.8%を占め、海外で目立つ落雷は1.2%にとどまります。
気象などの条件がそろい、そこに火がつくと、落葉や下草などが焼ける「地表火」となって燃えます。地表火が枝葉に移り、高木まで焼く「樹冠火」になると、火の粉をまき散らして燃え広がります。大船渡や岡山、愛媛も、この樹冠火が起きたと思われます。
<気象条件>
・空気や土壌が乾燥
・気温が高い
・強風
<森林条件>
・枯れた下草(雑草など)や枯れ枝、落葉などがたまっている
・木が乾燥している
・スギやマツなど油分を含む樹木が多い
<人的条件>
・行楽や山菜採りなどで入山
・開墾準備や害虫駆除などのための火入れ
風が強いと、火の粉は大量に舞い上がり、飛び火となって遠くは2km以上離れたところにまで飛んで落下。あちこちで火の手が上がり、予測がつかないなかでの消火活動を強いられます。
炎を含む竜巻状の渦となる火災旋風が起きると、燃焼速度は時速40~50㎞以上、温度も最高1,000度を超え、消火をさらに困難にします。
大船渡市では、いったい何が起きたのでしょうか。
2月17日に0.5mmの降雨を観測して以降、雨はほとんど降っていません。乾燥注意報は3月4日までの20日間に及び、強風注意報もたびたび出るなか、2月19日に約324㏊を焼く山火事が発生。25日には、隣接する陸前高田市の山林で約8㏊が焼け、翌26日、問題の山火事が起きました。
油分を含むスギやアカマツなどを包み込むようにして延焼を重ね、陸と空からの懸命な消火活動にもかかわらず火勢は衰えず、まとまった雨が降って鎮圧に至っています。
「火山が噴火しているかのようだった」
応援に入った仙台市消防局の消防司令長はこう振り返り、飛び火について「収まったと思っても、また新たに燃え始めた」。同じく青森地域広域事務組合東消防署の消防司令長は「火災の規模や条件の悪さは想像を超えていた」と語っています。
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近年、大規模な山火事が増えているのはなぜなのでしょうか。
専門家の多くが口をそろえるのが「地球温暖化」です。
3月の岡山、愛媛、韓国で起きた山火事を分析した安成哲平・北海道大北極域研究センター特任准教授(大気環境科学)によりますと、過去と比べて極端に高温で乾燥していたといいます。
米シンクタンク「世界資源研究所」(WRI)は、山火事による全世界の焼失面積は、この20年(2001~20年)で約2倍の年間800万㏊以上(東京都の約40倍)にのぼったと発表。地球温暖化による気温上昇と空気の乾燥が原因とし、国連環境計画(UNEP)の2022年発表の報告書は、山火事の発生リスクは30年までに14%、50年までに30%に上昇、2100年には50%に達するとしています。
串田圭司・日本大学 生物資源科学部教授(地球環境学)は言います。
「地球温暖化によって雪解けが早まったり、初雪が遅れて土地が乾燥したり。そのような季節が長期化するなか、火が燃え移ると上昇気流が発生して火勢が強まり、山火事が起こりやすくなる。山火事が増えると、大気中の二酸化炭素濃度が上昇し、地球温暖化がさらに進行する。つまり『負の連鎖』が加速度的に地球温暖化を進める構造になっている」
手入れが行き届かない山林が増えていることも大規模化の一因です。木々が密集しないように間引きする間伐や枝打ち、下草(雑草など)の刈り取りが行われないまま枯れ葉、枯れ枝、落葉などが燃料となってたまり、燃え広がりやすい環境になっています。
日本の産業を支えてきた林業ですが、林野庁によりますと、従事者は1980年の14万6000人から40年後の2020年には約7割減の44,000人。地方の過疎化・高齢化が拍車をかけ、森林管理のあり方が問われる事態となっています。
山間部は、人の出入りが少ないため火災の発見と通報が遅れがちです。加えて、消火活動にはさまざまな障害が重くのしかかります。
<消火活動を妨げるもの>
・山間部ゆえの少ない道路と狭い道幅
・速く燃え広がる斜面の乾燥草木
・放水用の消防水利(消火栓や河川など)の確保
・天候の急変や上昇気流
消防署とともに消火活動を担う消防団は地域防災力を支える重要な存在です。ところが、その消防団にも地方の過疎化・高齢化の波が押し寄せています。かつて約200万人いた団員は1990年に100万人を割り込み、昨年は74万6681人。消防力の低下に直結する事態といえます。
【関連記事】地域防災を支える「消防団」とは?消防士との違いや役割、入団方法をわかりやすく解説
山火事の発生件数の減少が影響しているとの指摘もあります。森章・東京大先端科学技術研究センター教授(生態学)は、「燃えるべきものが燃えずにいることで、山中に燃料だらけの状況を作り出し、空前絶後の規模での山火事の発生が危惧されるに至った」としています。
山火事は、住民の生活にいかなる影響を与えるのでしょうか。
懸念されるのが、健康被害です。
山火事が起きると、煙が出ます。その中に二酸化炭素やメタンなどの温室効果ガスのほか、微少粒子状物質(PM2.5)があり、規模によっては大気汚染を引き起こし、ぜんそくなどの呼吸器疾患や心臓病などに悪影響をもたらします。
栃木県足利市は、2012年、同年2月に発生した山火事の避難住民を対象に健康調査を行っています。鎮火に23日かかり、約167㏊を消失した火事で、233人の25%にあたる58人が健康被害を示し、うち7人が煙による喉や目の痛みなどを訴えました。
大船渡ではどうだったのでしょうか。
焼失面積(約3,350㏊)は、過去5年間に全国で起きた山火事の全焼失面積(約3,524㏊)に匹敵し、足利火災の約20倍です。かなりの煙が出たと思われますが、観測地点の測定項目にPM2.5はありません。
安成准教授は「映像などで現地の大気の状態(色、くすぶりなど)を見る限り、大気汚染がひどいことが推定できた」とし、気象衛星ひまわりによるJAXA公開のデータを基にしたエアルゾル(微少粒子)も確認。
「光学的厚さの値を見る限り、エアルゾルが多く、PM2.5も高濃度だったと推測できる。住民や消防活動に関わった人たちはある程度吸っていた可能性がある」と危惧します。
これに対し、岩手県環境保全課は「測定項目に大気汚染物質の二酸化窒素(NO2)などがあり、すべて環境基準を満たしている。PM2.5については周辺の観測地点で測定しており、特に問題はない」と話します。
また、健康調査について大船渡市市民環境課は「住民から健康被害を訴える声はなく、予定していない」と言います。
環境省環境汚染対策室は「我々も常時モニタリングしている。突発的に大きなデータが出たこともあったが、短時間で正常値に戻っている。健康に影響するほどではない」と話しています。
安成准教授は「環境省のPM2.5の測定は全国で1,000地点以上あるものの、今回のような特定の場所での火事には対応しきれない」と指摘。「持ち運び可能なセンサーで迅速に測定できれば大気汚染による健康影響を悪化させない対策や、その後の健康影響の評価もできる」と提言します。
梅雨シーズンを前に、警戒すべきは土砂災害です。山林では樹木が根をはることで土壌の浸食や崩壊が抑えられています。ところが、山火事などで広大な森林が失われると、山の保水力が弱まったり、風雨で地盤が緩んだりして土石流や土砂崩れ、洪水などのリスクが高まります。
2017年に山火事が発生した岩手県釜石市では、2年後の台風豪雨で倒木や表土が流され、斜面も崩壊するなど多数の土砂災害が起きています。
串田教授によりますと、豪雨が多くなると、土地の表面が流れる土壌流亡や土砂災害などの複合災害が起きる可能性があり、植林による森林再生などを急ぐよう求めています。
また、植生を元に戻すには数十年以上かかり、クマなどの動物は餌を求めて田畑を荒らしたり、人里に出没したりするおそれも出てきます。
私たちは、大規模化する山火事にどう向き合えばよいのでしょうか。
串田教授は「日本でも大きな被害をもたらす山火事が起こるようになったということだ。地球温暖化が進むと、より大規模になると予想される。どのようにして抑制するかだ」と言います。
そのために、串田教授は
①乾燥しているときにたき火や野焼きなどをしない
②計画的な防火帯の設置
③林床の樹枝や落葉の除去、下刈り、枝打ちなどで火炎の激化や拡大を抑える
などを挙げます。
大規模化を防ぐには、燃えやすい条件がそろっているときに火を出さないことに尽きます。林野庁や消防庁は日ごろから、さまざまな注意喚起を図り、一定の成果をあげています。
<林野庁からの呼びかけ>
・枯れ草のある火災が起きやすい場所では、たき火をしない
・火気の使用中はその場を離れず、完全に消火する
・強風時及び乾燥時にはたき火、火入れをしない
・火入れを行う際は許可を受ける
・たばこは指定された場所で喫煙し、吸い殻は必ず消すとともに投げ捨てない
一方で、林野庁は、山火事の危険性が高い日を予測し警戒活動を行う仕組みを構築しつつあります。「林野火災発生危険度予測システム」で、ウェザーニュースに委託して地域ごとの日射量や降雨、森林の状況などから時期や場所を特定するもので、年度内の実用化をめざしています。
【参考文献】
文部科学省 気候変動予測先端研究プログラム|峠嘉哉「日本国内の林野火災の生起状況」
総務省 消防庁|消防白書 令和6年版
林野庁|山火事予防!!
農業農村工学会誌 水土の知76巻12号|串田圭司「原野・森林火災の制御による温室効果ガス放出の抑制」
東京大学先端科学技術研究センター 森章 研究室|山火事
日本燃焼学会誌 第52巻160号|早坂洋史「世界各地の森林と泥炭火災と防止技術」
ClimaMeter|2025/03/21-23 Japan and South Korea wildfires
世界資源研究所(WRI)|The Latest Data Confirms: Forest Fires Are Getting Worse
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ライター:
大久保 資宏(毎日新聞記者)
毎日新聞社では主に社会部や報道部で事件や災害、調査報道を担当。雲仙・普賢岳災害(1990~95年)と阪神大震災(1995年)の発生時は記者、東日本大震災(2011年)は前線本部デスク、熊本地震(2016年)は支局長として、それぞれ現地で取材した。
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