JOURNAL #2842023.12.26更新日:2023.12.28
獣医師:安家 望美
車内避難は、公共の避難所には行かず自家用車の中で避難生活を送る方法です。車内避難を選ぶ一番多い理由は、プライバシーがある程度保てるというものです。また、ペットを連れているという理由で車内避難を選ぶ方もいます。
しかし、被災後に自分もストレスを抱えている中、狭い車内でずっとペットの世話をしながら過ごすのは簡単なことではありません。
この記事では、
などを解説します。ペット連れの車内避難を検討している方は参考にしてください。
2016年に発生した熊本地震での調査をもとに、車内避難の現状を考えてみましょう。
熊本地震では、最大震度7の揺れが2回(前震と本震)観測されたほか、多くの強い余震が発生しました。熊本県の報告では本震後、公共の避難所へは最大で熊本県の人口の1割に当たる18万人が避難したといわれています。
熊本地震は、車内避難をした被災者が多かったことが特徴です。熊本県が実施したアンケートでは、被災者の約7割が車内避難をしていたと回答しています。また、最も長く避難生活を送った場所は車内と回答した被災者が一番多く、中には1か月以上車内で過ごした被災者もいました。
車内避難を選んだ理由で一番多いのは「自宅や建物の倒壊が怖い」、続いて多かったのは「避難所よりは車内避難の方がよいと思う」という理由でした。その詳細は以下のようになります。ペットが一緒なので周りに気を遣うから、と車内避難を選んだ被災者も多かったようです。
理由 | 人数 | |
人が多く落ち着かないから | うるさい、人が多くて落ち着かない | 20 |
プライバシーが守れない | 12 | |
避難所では気を遣うから | ・持病がある ・小さい子どもや障がい者、高齢者、若い女性などと一緒にいるため、まわりに気を遣う | 16 |
ペットがいる | 11 |
環境省がまとめたペットと同行避難した被災者の避難状況に関する報告では、震災後1か月を過ぎるころにやっと、各避難所のペットスペースの設備が整ってきたり、ペットと同居可のテント村やユニットハウスが設営されたりなど、ペットと一緒の車内避難が減ったようです。
近年の新型コロナウイルス感染症の流行で、人が密になる状況を避けるため、あえて車内避難を選択する人は増える傾向にあると国も想定しおり、対応などの検討に入っています。
しかし、ペットとの車内避難は、事前の準備なしに安易に選択すべき避難方法ではありません。狭い空間で日常と異なる生活を送ることはどうしても不自由があり、人にもペットにもストレスがかかります。
避難生活を選ぶときは、家族とペットの状況、この後ご紹介する避難方法のメリット・デメリットなどを考慮し、最善の方法を選びましょう。
ペット連れの車内避難には、飼い主とペットにはそれぞれどのようなメリット・デメリットがあるのでしょうか。
言うまでもないですが、車内避難の一番のメリットは飼い主とペットが一緒にいられるという点です。環境の変化で体調を崩すペットや、飼い主と離れると不安になってしまうペットには安心できる方法といえます。
反対にペットと一緒に車内避難を行うことによるデメリットもあります。暑さや寒さといった気温変化の影響を受けやすい車内では、自分やペットの健康管理にとても気を遣うことになります。
動物の種類や大きさ、健康状態などによっても、車内避難が適しているかどうかは異なります。ご自身とペットが今避難するとしたらどちらが良いかを考えてみてください。
車内避難のペット用品は、車内泊用のアウトドアグッズなどを上手に活用しましょう。
フードや薬、水といった生きるために最低限必要な備蓄は、可能なら1か月分は備蓄しておくようにしましょう。ペットのための支援物資の提供は後回しになりやすいためです。
車内避難では移動を伴うことも多いため、リードや首輪はいつも通り持ち歩きましょう。また、狭く暗いところの方が落ち着くペットもいるため、車内でもケージがあると安心です。
暑さ対策の扇風機、寒さ対策のヒーターなど、時期に合わせて用意することも重要です。また、ペット用の服、保冷剤を入れられるバンダナなどもあるとより快適に過ごすことができます。
自宅よりも狭い空間でペットと過ごす際には、どうしても平時より毛やにおいが気になりやすくなります。衛生管理に役立つ備品も揃えておくことがおすすめです。
車内避難をするために必要な以下の準備について、それぞれ解説します。また、これらの項目は車内避難に限らず普段の防災対策としても取り入れられるので、ぜひ参考にしてください。
車内避難の場所は、自宅や避難所敷地内、自治体の許可する広場や企業の駐車場などです。ペット同伴車両専用の避難場所が設けている市町村もあります。避難所の中には「風水害の場合は開放するが、地震の避難には使えない」など、避難所として解放される災害の種類が決まっていることがあるので、事前に自治体のホームページや防災のしおりで確認してください。
避難生活を車から一歩も外に出ずに過ごすというのは現実的ではありません。気分転換に外に連れ出して他のペットに触れ合ったり、状況が変わってペットを避難所やシェルターに預けたりするかもしれません。ペット間での感染症の流行を防ぐためにも、狂犬病をはじめとした各種ワクチンの接種は済ませておきましょう。
また、ノミ、ダニといった外部寄生虫は人にも感染し、感染症を媒介することもあります。ノミやダニの駆虫は、動物病院で予防薬をもらいましょう。噛んで食べる薬や、首の後ろに垂らす薬などいくつかのタイプがあるので、獣医師に相談してください。
飼い主の住所、氏名、連絡先などを記載した迷子札やマイクロチップで、ペットの身元証明ができるようにしましょう。令和4年6月1日以降にブリーダーやペットショップで販売されている犬や猫にはマイクロチップが挿入されています。オンラインでも登録可能なため、新しくペットを飼ったら、忘れずに情報を登録しましょう。それ以前に飼った犬猫は、動物病院でマイクロチップを挿入できます。
また、狂犬病ワクチン接種後に交付される鑑札と予防接種済票の番号からも、飼い主を見つけることができます。装着が義務となっているため、必ず行いましょう。
ペットが普段車に慣れていない場合は、非常時に何日も車内で過ごすことでかなりのストレスを受けてしまいます。事前に自宅の車庫などで、車内で過ごす練習をしてみましょう。最初は短時間で、自宅で使っているおもちゃなどを持ち込んで遊ぶだけでもよいです。慣れない場所ではトイレを我慢してしまうペットもいるので、無理は禁物です。
実際の車内避難で気を付ける点、あると便利なグッズなどを紹介します。
それぞれ解説します。
JAFが実施した真夏の車内温度に関する実験では、何も暑さ対策をしていない車は車内平均気温が50度以上にまで上昇。熱中症指数はエアコン停止から15分で危険レベルに達します。
犬の快適温度は人の快適温度よりやや涼しめの23~25度、猫の快適温度は人と同じくらいといわれています。とはいえエアコンをつけっぱなしにすることは、貴重なガソリンの消費、周囲への騒音や振動などの迷惑、環境負荷を考えると現実的ではありません。
車内の暑さ対策は、
といった方法があります。夜間にドアを開けて就寝するのは防犯上危険なので、寝るときはドアは締めロックします。ただし、真夏の車内避難は熱中症のリスクも大幅に上がり、命の危険があるため、避けましょう。
JAFによる冬の車内温度に関する実験では「冬山用の寝袋」「毛布+使い捨てカイロ」を使用すれば、なんとか一晩を越すことができた、という結果が出ました。ただし、人によって寒さへの耐性が違うため、必ずしも全員がこの装備なら耐えられるという訳ではありません。暖房を使う場合は、一酸化炭素中毒やガス欠を防ぐため、こまめに換気をし、雪の積もっている地域では車のマフラー周辺の雪かきをしっかりと行ってください。
犬や猫など一般的なペットの場合は暑さよりは寒さに強い子が多いため、それほど心配はいりませんが、ペットヒーターや、電気を使わずに使えるカイロや湯たんぽを上手に使いましょう。
ペットが車のパワーウインドウを押してしまい、開いた窓から逃げる、窓に首を挟む、中からロックをかけてしまうといった誤操作による逃走やケガが起きる可能性があります。こうした事故を防ぐため、以下のような対策を行いましょう。
車内は狭い空間のため、特に体の大きなペットの場合はケガをしないように注意しましょう。例えば車内避難では、寝る場所を作るため後部座席をフラットにすることが多いです。作業中にシートの隙間にペットの足がはまったり、金具に足を引っかけてケガをする可能性もあります。シートの隙間はタオルなどで埋め、金具は養生テープなどで固定ましょう。
人の出入りのために扉を開けた拍子に、ケージに入れていなかったペットが外に飛び出してしまうことがあります。人の出入りの際には同乗者がペットを抑える、リードを付ける、ケージに入れるなどして脱走を防止します。小さなペットの場合は窓から飛び出してしまうことにも注意しましょう。また、車内にペットだけを残すことは避け、必ず同乗者がいるようにしましょう。
車内での生活が長引くと、どうしてもゴミや食べ物のカスがたまってきます。ペットの誤嚥事故を防ぐため、車内はこまめに掃除してごみを除きましょう。
車の中にいつも使っているペットのトイレを置くと場所を取るだけでなく、密閉空間のため匂いも気になります。昼間であれば安全な場所にお散歩に行き、車外でトイレをさせることが匂い対策になります。夜間は外出が危険なこともあるため、折りたたみのトイレやトイレシートで排泄する練習をしておきましょう。トイレの設置場所は、平らで硬い床やラゲッジスペースがおすすめです。
また、ペットが過ごす場所には防水シートやペットシーツを敷き、万が一粗相をしても車体に染みこまないようにしましょう。粗相が心配な場合は、おむつやマナーベルトの使用も考慮に入れましょう。
ずっと車内にいてはペットも人もストレスが貯まったり運動不足になったりします。日中は車外に出て体を動かす時間を取りましょう。慣れない避難生活で体調を崩すペットもいます。獣医師会による避難所への巡回診療を行っていることもあるため、かかりつけの動物病院が休診の場合・災害で病院まで向かうことが難しい場合は受診を検討しましょう。
避難所の状況が変わったり、ペットの支援が整ってきたりした段階で、避難方法の見直しを行いましょう。ペットや女性、子どもは車内で過ごす、体力のある大人は避難所で過ごすなど、時には家族の避難所を分けるといった柔軟な対応も必要です。
ペットと避難所以外で過ごす際には、その時の気候やメリット・デメリットを総合的に判断して行う必要があります。熊本地震では、1か月以上をペットと車内避難で過ごしたケースもありました。長期化すると、人もペットも体調を崩しがちになります。時々避難方法を見直しつつ、柔軟に対応していきましょう。
WRITER
獣医師:
安家 望美
大学卒業後、公務員の獣医師として家畜防疫関連の機関に入職。家畜の健康管理や伝染病の検査などの業務に従事。育児に専念するため退職し、現在はライターとしてペットや育児に関する記事を執筆中。
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