JOURNAL #2672023.10.20更新日:2024.01.18
ライター:大久保 資宏(毎日新聞記者)
大規模災害が起きるたびに導入が検討され、やがて立ち消えになる――。このパターンが約30年間にわたって繰り返されているのが病院船です。病院船の歴史は、いわば迷走の歴史ともいえます。
ところが、ここにきて関係省庁が体制整備に乗り出しています。2021年に「病院船推進法」が成立したためですが、これにより、繰り返される“先送り”に終止符が打たれるのでしょうか。
予断を許さない中、民間レベルでは、NPO法人ピースウィンズ・ジャパンが今夏、災害医療を主目的とする国内初の災害医療支援船を就役し話題を集めています。その動向と合わせ、迷走の背景や現状、課題について考えます。
病院船はその名前から分かる通り医療活動ができる設備を有する船で、災害時多目的船と呼ぶこともあります。その歴史は古く、古代ローマ時代にはあったとされています。日本でも戦時中、約30隻が傷病兵らの搬送などを行っていましたが、戦後は保有していません。
参考: 年表・病院船
病院船は、離島住民らを対象とする「小型巡回医療船(瀬戸内海を巡る「済生丸」など)」から、手術室やCT・レントゲン室、ヘリポートなどが完備されている「大型軍用艦船」まで、規模や目的によって大きく5つに分けられます。医療提供のほか、動く司令塔として国・災害対策本部(都道府県)間を調整したり、人とモノを運んだりする役割があります。
四方を海に囲まれた日本は、古くから海洋国家として栄えてきました。
しかし一方で、地震や台風、豪雨、高潮、火山噴火などが相次ぐ災害大国でもあります。1000人以上の死者・行方不明者を出した地震や風水害は、1945年以降10回を超えて発生しています。昨年1年間に発生した震度1以上の地震は1964回。毎日どこかで5回は揺れている計算です。一昨年の2424回は、2012年の3138回に次いで過去4番目に多く、震度4以上(昨年は51回)は増加傾向にあります。
今後30年以内に首都直下地震や南海トラフ巨大地震が発生するともいわれています。
防災の専門家たちがよく取り上げるのが、スイスの再保険大手スイス・リーが2013年に公表した「自然災害リスクの高い都市ランキング」です。
世界の616都市を対象に、地震や洪水、高潮、台風、津波などで被災する人の数を推計したところ、1位は東京・横浜で、4位に大阪・神戸、6位が名古屋と最上位にランクインし、愕然とした人も少なくありません。地震活動が活発な地域に位置していることや、津波の危険性が高いことなどを理由に挙げています。
阪神大震災(1995年)や東日本大震災(2011年)では道路や線路が寸断され、海からのアプローチが注目されました。航空機の場合、一度に運べる人数や物量が限られますが、船舶であれば大量の人員や医療機器・物資を運ぶことが可能な上、宿泊や入浴施設もあり、避難所としても利用できます。これらが、病院船が必要とされるゆえんです。
戦時国際法のジュネーブ条約は、病院船について「傷者、病者及び難船者に援助を与え、それらの者を治療し、並びにそれらの者を輸送することを唯一の目的として国が特別に建造し、又は設備した船舶は、いかなる場合にも、攻撃し、又は捕獲してはならない」(22条)としています。海外では、アメリカやイギリス、フランス、中国、イタリア、スペイン、ロシア、ベトナムといった主要国の多くが戦時・災害時の傷病者支援、人道支援などを目的に保有しています。
なぜ、平和を希求・標榜する災害大国ニッポンにはないのでしょうか。
病院船導入への期待の声は伊豆大島三原山噴火(1986年)を契機に高まり、中東湾岸危機(90年)の翌年から政府は委員会や検討会を設置。各分野の専門家たちが議論するものの、建造費・維持費が100億円単位で、平時の活用法や要員確保も難しいとして、さらには縦割り行政の壁にも阻まれ、棚上げが続いてきました。
国は、時代の節目にどのような議論をしてきたのでしょうか。大きく四つの時期に分けてご紹介します。
1.中東湾岸危機
1990年(湾岸危機)の翌年、関係省庁による「多目的船舶調査検討委員会」を設置し、病院船に関する現状把握につとめたほか、法制度を整備。海上保安庁や自衛隊の船舶を使った国際平和協力活動が可能になりましたが、病院船の導入に向けた本格的な議論には至っていません。
2.阪神大震災
1995年、関係者省庁の担当者からなる「多目的船舶基本構想調査委員会」が設置され対応を協議。海上保安庁が災害対応型大型巡視船「いず」(3500トン)、海上自衛隊が輸送艦「おおすみ」(8900トン)をそれぞれ建造したことから病院船の建造を見送り「『いず』と『おおすみ』で十分対応が可能」と結論づけています。
3.東日本大震災
専門家たちによる「災害時における多目的船に関する検討会」では、被害を受けた沿岸域が広く、原電事故も起きていることから、さまざまな機能を有する船舶のあり方についても議論しています。
病院船を「総合型」「急性期」「慢性期」の三つに類型化したうえで建造費や平時活用、要員確保などについて検討。その結果、建造費は約140億~350億円、維持・運用費は約9億~25億円と莫大で、平時活用や要員(医療従事者や運航スタッフ)の確保も難しいとしました。しかしながら、急性期病院船については訓練船としての平時活用や、既存船の活用で費用の縮減もできるなど「最も検討に値する」と含みを残しています。
4.コロナ禍
2020年の新型コロナ感染症の流行で、アメリカをはじめ各国が感染症対策に病院船を活用したことから、日本でも導入の機運が再燃しました。このため調査費約7000万円の補正予算(緊急経済対策)を計上。専門家による「病院船の活用に関する検討会」が6回開かれたものの、またも、要員確保や平時の活用などの課題に「解決策が見つからない」とし、感染症対応についても「病院船の方が陸上の病院よりも優れているという点は見いだせない」としました。
超党派の国会議員でつくる「病院船・災害時多目的支援船建造推進議員連盟」が提示した「500床、2万㌧規模の総合型病院船」についても「過大」とし「新たに病院船を建造するという判断の前に、より多くの災害医療人材を育成し、病院船で活動できる人材を確保することが求められる」と指摘。既存船を活用した災害医療体制の強化に取り組むとしています。
ところで、報告書は「検討のアプローチ」で「始めから課題や困難性を指摘するのではなく、前向きに議論を行うよう、病院船の建造・運用に当たっての課題の解決策を見いだす」と明記しています。なのになぜか、これまでの3課題から「建造費・維持費・運用費」が消えて「医療従業員の確保」「運航要員の確保」「平時の活用方策」となり、「いずれも決定的な解決策を見いだすには至っていない」と判断されているのです。
未解決課題については内外の有識者が論文などで言及しており、以下のような利用方法が検討されています。
また、関連して、浅野茂隆・東京大名誉教授やスパーロック・ケネス・R・元米国陸軍大佐は病院船によって人道支援にも良い影響があると提唱しています。
粘り強く活動を続ける人たちもいます。
「政府には国民を救済しようという気がさらさらない」と砂田向壱・元九州大教授は憤ります。
砂田さんは、都市計画の専門家として阪神大震災や東日本大震災の被災地に入り、日本の災害医療の限界を痛感。病院船を導入する活動をスタートさせ、そのための公益社団法人モバイル・ホスピタル・インターナショナルを設立しました。
国会議員に働きかけ、超党派の議員連盟を結成。実物を見てもらうのが早いと、世界最大の病院船を米国から招く計画にも奔走し、2021年6月、議員立法の形で推進法が成立したのです。
井上欣三・神戸大名誉教授は、「国の動きはとにかく鈍い。いかにして実現させるかという気概がまるでない」と言います。
井上さんは、阪神大震災で医療を伴う船舶による救命救助がほとんど行われなかったことから、船を活用した災害支援のあり方を模索し、病院船の導入に向けてさまざまな活動に取り組んでいます。2004年から日本透析医会の協力を得て患者搬送や船内での透析治療などの訓練を実施。東日本大震災では大型客船「ふじ丸」(23340トン)を岩手県大船渡市の大船渡港などに停泊させ、延べ約45000人の被災者に客室や風呂場を開放し携帯電話の充電サービスも行いました。3年には医療団体や海事業界、行政などと協議会をつくり、病院船の普及に向けた訓練やシンポジウムも行っています。
最後に、ピースウィンズ・ジャパン(PWJ)が就航した国内初の災害医療支援船についてご紹介します。
2023年7月2日、災害医療支援船「Power of Change」の就役披露式が、母港となる愛媛県今治市宮窪町の早川港で実施されました。災害医療に特化した民間船は国内初で、運用は既に始まっています。
Power of Changeは民間企業などからの出資を受けてパナマ船籍の調査船を修繕されたもので、343,453トンの大型船です。
PWJの強みがふんだんに生かされたつくりとなっており、その1つが、後方に設置されたヘリパッドです。岸壁の損壊などで接岸ができなくても、PWJ所有のヘリコプターやドクターヘリの離発着や搬送も可能です。
未治療死を一人でも減らすには、一刻も早く傷病者のもとに医療を届ける必要があります。船とヘリが連動することで空と海からのアプローチを可能にするシステムといえます。ヘリパッドは国際規格で、軍用大型ヘリを除くほぼすべての機体の運用に対応できます。
船体は全長68メートル、幅17・4メートルで、最大49人分の患者用の個室を設け、傷病者だけでなく被災者の避難所や休息場所としても利用できます。また、大量の物資や燃料の保管のほか、災害支援の洋上プラットフォームとして離島への支援物資の備蓄・運搬、ヘリの給油などにも活用できます。
平時も船員が待機し、発災時に同法人や提携するDMAT(災害派遣医療チーム)らの医師や看護師らが乗り込みます。発電機が2基あり、一般家庭100世帯以上の電源がまかなえるほか、生活用水500トンの生活用水も常時用意されています。傷病者や被災者の受け入れ、診療、物資・燃料の補給、支援者の休息などにも使われ、約2カ月間の生活が可能です。
平時の活用方法として、夏休み中は子供たちのスタディーツアーに使われたほか、離島の医療への利用に関する問い合わせもあり、現在調整中です。
PWJのプロジェクト「空飛ぶ捜索医療団”ARROWS”」の稲葉基髙医師は、以下のように話します。
「一人でも多くの人を救う戦略の一つ。大規模災害が発生したら、すぐに出動し、どこにとめて、どう活動するかを調整し、陸側が被災しているようであれば船に本部、拠点を置いて対応する。通信・インフラが整っているので動く司令塔としての役割も果たせる。
支援する側も朝から何も食べていない、何も飲んでいないという状況ではパフォーマンスがすごく落ちる。平常時に近いコンディションで支援できるのはありがたい」
※参考
小田啓二「病院船について~三度目の正直となるのか~」FBNews,No525.2020年9月23日
スパーロック・ケネス・R「病院船-日本の必需品-」防衛研究所紀要第11巻第2号2009年1月
濱口和久「日本に病院船は必要か」政治行政研究第12巻2021年3月
砂田向壱編「『病院船』が日本を救う」へるす出版新書 浅野茂隆「朝日新聞『私の視点』」2013年9月23日
WRITER
ライター:
大久保 資宏(毎日新聞記者)
毎日新聞社では主に社会部や報道部で事件や災害、調査報道を担当。雲仙・普賢岳災害(1990~95年)と阪神大震災(1995年)の発生時は記者、東日本大震災(2011年)は前線本部デスク、熊本地震(2016年)は支局長として、それぞれ現地で取材した。
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