JOURNAL #1032024.04.26更新日:2024.05.01

正常性バイアスが災害時に与える影響は?具体例と必要な心構えを解説

広報:空飛ぶ捜索医療団"ARROWS" 編集部

何気ない日常の中で突発的に大きな変化が起こると、「よくわからないけれど、自分は大丈夫だろう」と思うことがあるでしょう。しかし、事は想像以上に深刻な結果となり、楽観視したことを後悔することとなる可能性があります。このような原因は、『正常性バイアス』から来ています。
どんな状況であっても、わずかな変化でも見逃さないことはとても大事なポイントです。そこで今回の記事では、正常性バイアスの影響を受けた災害の具体例、バイアスに左右されずに有事に対応するための方法について解説します。

正常性バイアスとは?

まず正常性バイアスとは、日常生活では起こりえない事態に陥った時、「それほど深刻ではない」「まだ大丈夫なレベルだ」と判断し、冷静さや安心感を保とうとする心理メカニズムのことを指します。

正常性バイアスは、人間の持つ認知バイアスの一種です。認知バイアスとは、”過去の経験や価値観から判断し、合理的でない意思決定をしようとしてしまう”という心理傾向を指し、正常性バイアスのほかにも、以下のように複数種類存在します。

種類概要具体例
集団同調性バイアスどのように判断・行動するかで答えが出せない時、周囲と同じ選択をする緊急時の警報が鳴っているにも関わらず、周りが逃げ出さないことを理由にその場にとどまる
確証バイアス自分にとって都合の良い情報だけを選び、反対する情報を軽視または排除する血液型や星座の傾向を自分や他人の性格に当てはめ、反論されても考えを改めない
内集団バイアス自分と親しい仲間や自分が所属する集団、国民性や人種に対し手優越感を持ち、それ以外の人間関係や集団を劣ると考える学歴や家柄、会社の地位などにこだわり、異なる環境の相手を見下す
認知バイアスの例

これらは無意識のうちに働いてしまうため、自覚がなくても何某かのバイアスで物事を見ていることが多くあります。
正常性バイアスは人間の精神的な防衛反応が関係することもあり、必ずしも悪いものとは言い切れません。突発的なトラブルや日常生活でのストレスに対し、過剰な不安や恐怖を抱えないためには必要な心理メカニズムでもあります。しかし、災害のような緊急時に正常性バイアスによる影響を受けすぎると、初期対応の遅れや命の危険につながるというリスクもあります。

日常生活と緊急時での正常性バイアス

正常性バイアスの影響がメリットあるいはデメリットとなりうるかは、主に日常生活か緊急時かで異なります。

日常生活においてはメリットとして働きやすい

日常生活を過ごすうえでは、正常性バイアスは必要以上のストレスを抱えないように心を守る働きがあるため、メリットが多いと言えるでしょう。
例えば、会社でのプレゼンテーションで先に発表した社員が失敗した場合、「自分も失敗するかもしれない」と不安に思うことがあります。ここで正常性バイアスが働くと、「自分なら大丈夫」と冷静を取り戻すことができ、ほかの社員の失敗に左右されづらくなるでしょう。また、外出中に目の前で交通事故が起こった際、「自分も危ないかもしれない。でも、自分まで事故に巻き込まれるとは限らない」と思い直すことで、過度な不安に駆られずに済みます。

緊急時にはデメリットとして働くことに注意

これに対し地震や津波、台風、洪水、土砂崩れのような災害発生時には、正常性バイアスがデメリットとして働くケースが多くなります。身の危険が迫っているにも関わらず、「すぐに落ち着くと思うから」「まさか、今の事態がそれほど深刻な災害になるはずがない」と正常性バイアスが働き、「避難する必要はない」と判断するようになります。また、正常性バイアスに加え、「周りが逃げていないから大丈夫」「家族や近所の人も深刻に捉えていない」と、集団同調性バイアスが働くケースも少なくありません。結果、救えるべき命が救えなくなり、全体的な被害まで広がってしまうのです。

水陸両用車が病院にたどり着いた時の様子

まとめると、正常性バイアスは私たちのなかで無意識的に働く心理メカニズムですが、日常生活では「過度なストレスから心を守るため」のプラスの影響のあるものであり、緊急時では「危機的な状況下での判断力を鈍らせ、迅速な避難を困難にする」という問題点があります。

正常性バイアスが災害発生時に与える影響と具体例

正常性バイアスは日常生活を落ち着いて過ごすためには役立つ一方、災害発生時には悪影響となりうる、というイメージが固まってきたでしょうか。以下、正常性バイアスが震災時にどのような影響をもたらすのか、具体例を交えて解説します。

正常性バイアスの影響を受けた災害の具体例

正常性バイアスと災害の関係性は、東日本大震災、西日本豪雨、韓国・地下鉄放火事件の例から見て取れます。

東日本大震災

2011年3月11日に発生した東日本大震災は、地震だけでなく津波の被害も大きくあらわれた一例です。

震災直後の気仙沼市内の様子
震災直後の気仙沼市内の様子

津波の到達時間まで1時間と予想され、各自治体では避難警報を発表していました。しかしここで正常性バイアスが働いたためか、ほとんどの人はすぐに避難せず、津波を目撃してからその場を離れたと報告されています。実際に海岸から5キロの距離がある石巻市大川小学校では、避難活動の遅れが目立っていました。
結果、車やバスまで津波に巻き込まれ、小学校の生徒や教諭、バスの運転手が命を落とすこととなりました。この例は正常性バイアスによる結果として、後に避難行動の課題にもなっています。

西日本豪雨

2018年6月28日から7月8日まで、台風7号の影響を受け、西日本で広範囲な大雨が続きました。

建物の多くが水没した岡山県倉敷市真備町
建物の多くが水没した、岡山県倉敷市真備町

かねてより大雨の被害を想定していた気象庁は、発生前より大雨特別警報を出し、人々への被害を呼び掛けたことがわかっています。それでも、地域の人々は河川の氾濫や堤防の決壊まで予想できず、逃げるタイミングが遅れてしまいました。

韓国・地下鉄放火事件

正常性バイアスによる影響は、2003年2月18日の韓国・テグ市で発生した地下鉄放火事件のように、災害以外にも大きな影響を与えます。
事件発生時に撮影された動画によると、当初はプラットフォームから放火が始まり、その後に反対側の車内にまで煙が広がっていきました。乗客は口や鼻をふさいで体内への煙の侵入を防いでいましたが、ほとんど全員が車外には出ようとせず、携帯電話を操作する人さえいたことが確認されています。乗務員さえ事態の深刻さを把握できておらず、最終的に200人近い死者を出す結果となりました。

復旧の遅れにつながるリスクも

正常性バイアスは災害発生時だけでなく、発生後の生活も大きく左右することがあります。
例えば震災後の迅速な復旧を目指すなら、被害の規模の把握はもちろん、インフラや事業が受けた被害や復帰までの時間や費用の算出が不可欠です。周辺が壊滅的な状況にある場合には、周囲との連携をとりながら復帰を進めていく必要があります。
しかし、「それほど大きな被害を受けていないだろう」「すぐにでも復帰できる」などと正常性バイアスが働くと、無理な状況で復旧を推し進める結果になりかねません。また初期対応が遅れ、予想よりも復帰までの時間が長くなることもあります。だからこそ、災害発生時のみならず、発生後も正常性バイアスには十分な注意が求められます。

令和6年能登半島地震での仮設住宅建設中の様子
令和6年能登半島地震発生後の仮設住宅建設中の様子

正常性バイアスを克服したケース

以上を振り返ると、正常性バイアスは抗うことが難しいようにも感じられますが、必ずしもそうだとは言えません。意識の持ち方次第で正常性バイアスを克服し、あらゆる災害から身の安全を確保することは十分に可能です。

岩手県釜石 釜石東中学校のケース

東日本大震災の際、津波の被害が予想された釜石東中学校では、あらかじめ高台にあるグループホームへの避難が決められていました。実際に津波警報を受けて避難先に向かうものの、3メートルを超える津波に対し、避難には不十分であることがわかります。
通常であれば「津波の規模は深刻だけれど、指定された避難先なのだから問題ない」と正常性バイアスが働いてしまう場面ですが、釜石東中学校の生徒たちは「この場所も危険だ」と判断し、さらに高い場所への避難を決行しました。様子を見た近隣の人々も生徒たちに合流し、津波の人的被害を避けることに成功しています。この結果を受け、釜石東中学校のケースは『釜石の奇跡』とも呼ばれています。

正常性バイアスの影響を受けないための準備

以上で解説した通り、正常性バイアスは震災のような緊急時の判断能力を弱らせることもあれば、意識次第で影響を避けられることもあります。震災による被害や復旧の遅延を防ぐには、やはり普段からの準備が欠かせません。以下、正常性バイアスの影響を受けないためのポイントをお伝えします。

正常性バイアスを認識する

正常性バイアスは広く認知されるようになってきましたが、緊急時ではどうしても無意識に働いてしまうものです。そんななかでも冷静かつ迅速な避難をするには、「自分にも正常性バイアスがかかっている」と認識する必要があります。これにより、災害発生時でも正常性バイアスに気づき、左右されずに行動できるようになります。正常性バイアスを完全になくすことは決して容易ではないからこそ、普段から認識しておくと良いでしょう。

防災リテラシーを高める

防災リテラシーとは、災害や防災について理解度を高め、震災発生時に適切な行動に移せるようにするためのものです。具体的には、地震や津波などの種類に合わせての状況を想定する、自宅から近い避難所や危険性が高い場所を確認する、避難道具を備蓄するなどで対応できます。普段から防災リテラシーを維持することで、正常性バイアスが働いても次の行動ができるようになるでしょう。

特に気象庁による『防災教育に使える副教材・副読本ポータル』には動画や用語解説、リーフレットなどが揃っています。地震や地震、津波、火山などの状況に合わせた説明をはじめ、幼稚園児から一般向けとわかりやすいように発行されており、理解度に適した教材を選ぶこともできます。ワークシートも豊富に用意されているため、防災リテラシーを高めるには非常に理想的です。
また、ご覧いただいている空飛ぶ捜索医療団のジャーナルでは、主に防災に関わる情報をお伝えしています。ぜひ継続してご覧いただければ幸いです。

震災発生時には率先して避難する

防災リテラシーが高まってきたら、震災発生時の行動も事前にイメージしておきます。ある程度準備をしても正常性バイアスが働くことを視野に入れ、「発生時には周囲に流されず、率先して行動する」と決めておきましょう。

西日本豪雨発生後に避難された方々の様子

自分自身が防災リテラシーを維持できていても周囲が同じような意識でいるとは限らず、正常性バイアスや同調バイアスが機能し、「大げさだ」「まだ逃げなくてもいい」と言われてしまうことも考えられます。それでも率先して事の重大さを伝え、周囲を避難に導くことで、早期避難を実現できます。
実際に、震災発生時には率先して避難を呼びかけるリーダーのような存在が非常に役立ちます。最初は周囲も正常性バイアスの影響を受けていますが、真摯に訴え続けることで信頼を得られるため、いざという時のリーダーとなる心構えもしておきましょう。

『逃げなきゃコール』で家族や知人に避難を促す

逃げなきゃコール』とは、2019年5月に厚生労働省によって推進された取り組みです。防災情報アプリに遠方で暮らす家族の地域を登録し、家族が住む地域に震災が通知された場合、避難が呼び掛けられる仕組みです。震災が起こると家族の安否が心配になるものの、どこまでの被害が及んでいるかわからないという問題も生じます。そこで『逃げなきゃコール』への登録が済んでいると、適切な情報が把握でき、できるだけ迅速な避難を呼び掛けられるようにもなります。離れて暮らす家族がいる方は、ぜひこの機会に活用すると良いでしょう。

まとめ

正常性バイアスは、私たちを過剰な不安やストレスから守るには、非常に役立つ心理メカニズムです。しかし、そのメカニズムが適切に働くのはほとんどの場合で日常生活に限られ、震災をはじめとする緊急時には悪影響を及ぼすこともあります。実際に、東日本大震災のような大規模なケースでも正常性バイアスが働き、逃げ遅れや復旧の遅延など、さまざまな問題が多発する結果となりました。
このような問題を可能な限り避けるには、まず緊急時においても正常性バイアスが働くこと、そして危険な結果をもたらす可能性が高いと認知する必要があります。「まだ大丈夫だろう」と思ったら「もしかしたら正常性バイアスにかかっているのかもしれない」と考え直し、避難行動に切り替えましょう。正常性バイアスの影響を受けず、とっさに行動を変えるためには、普段からの防災リテラシーや周囲への呼びかけも必要不可欠です。

「明日は我が身」と言われるように、日本ではいつどこで震災が起こっても不思議でない状態にあります。正常性バイアスの過剰な働きで大切な家族や友人を失うことがないよう、また自分自身の安全もしっかりと確保できるよう、時に危険となりうる心理メカニズムに気づいておきましょう。

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