JOURNAL #3412024.05.13更新日:2024.05.14
広報:空飛ぶ捜索医療団"ARROWS" 編集部
2024年1月1日に発生した能登半島地震では、災害関連死を含めて245名の方が亡くなりました。死因の4割は家屋倒壊による「圧死」と報道されています。家屋倒壊の背景には「キラーパルス」があるとされ、過去の地震でも指摘されていました。
この記事では地震が発生するたびに取り沙汰されるキラーパルスについて、その概要とメカニズムを詳しく解説します。また、キラーパルスから家屋倒壊を防ぐための対策や現状の課題についても説明します。過去の事例から学び、将来起きるとされる大地震に備えるために、ぜひご確認ください。
地震の揺れにはさまざまな周期(揺れが1往復する際にかかる時間)があります。キラーパルスは、そのなかで「やや短期の周期」に分類され、1〜2秒周期の短い揺れです。特に低層の木造建築物に大きな被害を与えるとされています。キラーパルスについて知ることは、防災や減災にとって非常に重要なポイントです。以下に、キラーパルスのメカニズムについて詳しく解説します。
地震の周期は極短周期から超長周期まで6区分とされており、キラーパルスは「やや短周期」に該当します。前述のように、1〜2秒の比較的周期の短い震動がキラーパルスです。
そして、地震の周期とは別に、建物そのものが揺れる「固有周期」があります。地震の周期と固有周期が一致、あるいは周期が近ければ近いほど「共振」が生じやすくなります。共振は「周期的な揺れが加わることで、そのものの震動(固有震動)が大きくなってしまう現象」です。
共振の怖さは、想定以上の揺れが発生することにあります。たとえば、ブランコが共振現象の一例です。最初はなかなか高くまで漕げませんが、特定の周期(揺れの速さ)で漕いでいくと、どんどん高くまでいけるでしょう。
住宅などの低層建築物の場合、共振現象を引き起こすのはキラーパルスのような短い周期の揺れです。反対に高層建築物は、周期の長い揺れで共振が発生します。地震の強さ(震度)が同じであっても、揺れの周期によって共振現象を起こりやすい建物は異なるため注意が必要です。
直近の能登半島地震のほか、過去に日本で発生した地震でもキラーパルスの発生が指摘されています。以下に、過去の地震とキラーパルスの関連性について解説します。
キラーパルスは、1995年1月17日に起きた阪神・淡路大震災でも観測されました。
内閣府の阪神・淡路大震災教訓情報資料集【02】人的被害によると震災による死者は6,434人(関連死も含める)であり、「戦前の木造住宅が比較的多く残存していた地域での死者が多かった」とされています。また、平成16年版 防災白書(図4)によれば犠牲者の8割が窒息死または圧死です。これらから、地震による家屋倒壊が死因の背景にあると考えられます。
工学院大学建築学科の久田嘉章教授は、阪神・淡路大震災では活断層近傍の「強震動生成域」と呼ばれる領域から数波のキラーパルスが発生し、明石海峡から神戸に向かって破壊が伝播したと分析しています(リスク対策.comインタビュー『見せつけられたキラーパルスの衝撃』より)。つまり、キラーパルスが低層の木造住宅や中低層の建物を壊し、揺れの共振が被害を拡大したと考えられているのです。
阪神・淡路大震災以降で、震災を直接の原因とする死者(直接死)が最も多いのは、2011年3月11日に起きた東日本大震災です。死者・行方不明者数が22,000人以上とされる東日本大震災では、死因の多くが津波による溺死でした。
震度の割に建物被害は比較的少なかったとされています。その理由として、揺れの周期が1秒以下の極短あるいは短周期で、キラーパルスの要素が少なかったことが挙げられます。
2016年4月14日(前震)、16日(本震)の熊本地震では、死者273人という人的被害に加えて建物の被害も甚大でした。内閣府『2016年(平成28年) 熊本地震』によると、全壊が8682棟、公共建物を含めた破損は約20万棟とされています。
最大震度を記録した益城町周辺では、短い揺れの周期に加えて1〜2秒程度のキラーパルスが発生したといわれています。特に指摘されているのが古い木造住宅の倒壊率が高いことです。
今年発生した令和6年能登半島地震でも木造住宅が倒壊し、死因で一番多かったのは圧死(約4割)、続いて「窒息・呼吸不全」と報道されています。詳しい分析は今後待つ必要がありますが、キラーパルスと建物の固有周期の共振によって被害が大きくなったことが指摘されています。
住宅の耐震化について、その重要性は誰もが認識するところです。過去の地震の多くに1〜2秒の短い揺れ「キラーパルス」の成分が見られ、建物に大きな被害を与えています。自分や家族の命を守るためには、まずは住居の安全を確保することが肝要です。
ここでは、キラーパルスの脅威から身を守るために、住宅の耐震化がいかに重要であるかについて解説します。
自然に発生するキラーパルスを未然に防ぐことは困難ですが、建物被害の低減は可能です。特に低層の木造住宅の場合はキラーパルスの影響を直接受けるため、適切な対処をおこなう必要があります。
キラーパルスによる共振を防ぐためには、住宅の耐震性を確保しなければなりません。その中でも、耐震等級3にしっかり対応することが重要です。
耐震等級とは「住宅の品質確保の促進等に関する法律(2000年4月1日施行)」に基づく「住宅性能表示制度」で定められている基準で、以下のとおりです。
耐震等級3が望ましい理由は、熊本地震において耐震性能の重要性が再認識されたためです。
日本建築学会が熊本県の益城町でおこなった被害調査の結果、耐震等級3の木造住宅では、大きな損傷が見られず無被害(87.5%)あるいは12.5%が軽微・小破の状態であった事実が明らかになりました。これに対し、建築基準法の最低ラインを満たす等級1の住宅では無被害が60%程度であったことから、等級3はより安心できる基準と考えられます。
重ねて、キラーパルスによる家屋倒壊を防ぐためには”2000年に施行された「住宅の品質確保の促進等に関する法律」に基づいている耐震等級が3であること”が非常に重要です。
住宅など建物の耐震基準を定めている「建築基準法」は1950年の施行後、これまでに2回改正されています。1回目は1981年、2回目は2000年です。
「旧耐震」と「新耐震」といった言葉を耳にされたことがあるかもしれませんが、実は「旧耐震」と「新耐震」の境目は1981年とされます。阪神・淡路大震災(1995年)での住宅倒壊被害を受け、建築基準法の改正がおこなわれた2000年までの間は、グレーゾーンとなっているのです。つまり「新耐震」基準だとしても、2000年基準の「耐力壁の配置バランスや土台、柱、梁などの強固な接合義務」を満たしていない、ということも考えられます。今後、キラーパルスから自宅を守るためには、2000年に施行された「住宅の品質確保の促進等に関する法律」に基づく等級数を確認することが重要です。
耐震等級3に適合しているか確かめると同時に、制震技術の導入もキラーパルス対策として有効です。耐震との違いは以下のようになります。
特に木造住宅にお住まいの方に注意が必要であり、キラーパルスから住宅を守るためには、耐震と制震を組み合わせることが効果的です。
耐震は建物自体の強度を高めますが、くり返しの揺れに弱いといったデメリットをもちます。ダメージが蓄積されることで耐震性の低下を招く恐れがあるため、揺れを小さくする制震ダンパーや重りの設置も考慮したいところです。逆に制震だけでは、建物の倒壊を防ぐのは困難であるといわれています。キラーパルスの脅威から自分や家族の命を守るためには、耐震と制震の重要性を認識し、適切な対策を施すことが求められます。
地震の際に発生するキラーパルスは、比較的短い周期の揺れで、低層の木造住宅に大きな被害をもたらします。このような被害から自宅と命を守るためには、耐震化や制震といった対策が非常に重要です。では、実際の耐震化率はどのようになっているでしょうか。
国土交通省が発表している「住宅の耐震化率(平成30年)」によれば、全国の耐震化率は約87%。そのうち共同住宅は約97%、戸建て住宅は約81%となっています。国は令和12年までに耐震が不十分な状況をほぼ解消することを目標にしていますが、地域によっては差があることが指摘されています。たとえば都道府県ごとの耐震化率を見ると、最も高いのは神奈川県の94%であり、70%台の県としては佐賀県と島根県が挙げられます。
ただし、これらの数値は1981年の建築基準法に基づく耐震化率です。キラーパルスの影響を最小限に食い止めるために必要な条件が2000年改正後の耐震等級3であるとすれば、たとえ耐震化率が100%となっても安心とは言えないかもしれません。
令和6年能登半島地震で大きな被害を受けた石川県では、実際の住宅耐震化率はどのくらいだったのでしょうか。内閣府の調査によると石川県の耐震化率は82%であり、全国の平均値を下回っています。ただし、この数値はあくまでも県内全体の平均値です。震災で多くの死者を出した珠洲市での耐震化率は51%、輪島市では46%と低い数値にとどまっています。
石川県は平成29年3月に耐震改修促進計画を策定し、過去の地震による被害を踏まえて住宅の耐震化の重要性や計画を細かく示しています。また、各市でもそれぞれ耐震改修促進計画を提示し、珠洲市では2028年度末に住宅の耐震化を70%、輪島市でも2024年度までに90%にすることを目標にしていました。今回の地震はその過程で起きたものでした。
多くの専門家はキラーパルスの発生と被害の関連性を指摘していますが、多くの犠牲者を出した背景には、耐震化がなかなか進んでいない事実が挙げられます。
また、能登半島地震のその後の取材を通じて報道されているのが、高齢化や資金不足といった課題です。耐震化の必要性は認識していても、実際の行動に移すには至らない要素(心理的、経済的、年齢的な課題)が絡み合っていると考えられます。
キラーパルスの脅威から身を守るためには、住宅の耐震化を万全にすることが非常に重要です。「この土地や家は大丈夫」「おそらく大きな地震は来ないだろう」といった気持ちが命取りになるかもしれません。過去や他地域での地震とその被害状況を自分事と捉えて「今、必要な行動」に移すことが大切です。特に木造住宅の場合は、鉄筋コンクリート造(RC造)よりも地震に弱いとされ、キラーパルスによる倒壊を防ぐ対策が何より肝要です。ここでは、主に木造住宅の耐震化について解説します。
耐震や制震の技術や工法にはさまざまな種類があります。それらから適切な方法を最終的に選択するのは所有者ですが、専門家の視点を取り入れることは欠かせません。まずは自治体が提供している耐震診断を受けることを検討しましょう。昭和56年(1981)年5月31日以前に着工された木造住宅(旧基準)に対しては、ほとんどの自治体で無料診断が可能です。申し込みは窓口や電話で簡単にできますので、お住まいの自治体に問い合わせてみてください。
また、自宅の耐震状況をざっくり確認したい場合には、住宅施工時の書類や住宅性能評価書で建築確認申請年月日と耐震等級を確認しましょう。昭和56(1981)年5月31日以前の場合は旧基準の住宅となり、耐震診断の対象となります。ただし、旧基準の木造住宅であっても当時の基準以上の耐震工事をおこなっている場合もあり、すべての部屋に耐震化が必要であると判断されないケースも存在します。旧基準の木造住宅にお住まいの場合は、自治体などに相談し、できるだけプロの目で現行基準をクリアしているかどうかを評価してもらうようにしましょう。
耐震診断を行った後の具体的なキラーパルス対策としては、内閣府防災情報として「耐震補強方法の例」が参考になります。住宅の足元周りや土台、壁、接合部などの補強のほか、増築や一室シェルター、制震など32工法が挙げられており、各工法の特徴や費用、施行期間などが掲載されています。
たとえば、一部抜粋すると以下のとおりです。
技術・工法名称 | 特 徴 | 工期 | 概算コスト | 居ながら改修 |
---|---|---|---|---|
がんこおやじ | 既存住宅の無筋基礎及び割れた基礎の補強工法。 布基礎であれば、無筋基礎や割れた基礎でも2〜4倍強くなる。 | 全長約30mの布基礎(1棟分) 80万円前後 (工事費込) | 約4~5日 | 可能(床、壁等の 一部撤去) |
壁補強キット「かべつよし」 | 内側壁から天井、床を壊さず、その間の空間を利用して金物や耐震ボードで剛性を高める(内側補強:壁倍率4倍) | 約20~25万円/箇所 (関連改修工事費込み) | 約半日/箇所 | 可能 (内壁を外す) |
GHハイブリッド制震工法 | 横架材(土台-梁)間にオイルダンパを取付け、地震の震動エネルギーを吸収し建物の変形を抑える。 | 外壁設置型: 12万円/箇所、内壁設置型15万円/箇所(工事費込) | 約2~5日 | 可能 (外壁設置型の場合) |
また、後付けで制震対策をおこなう際に「制震ダンパー」という制震装置を取り付ける方法もありますが、その場合は木造住宅の耐震構造が十分であることが求められます。高性能な制震ダンパーを設置したとしても、そもそも耐震対策が取られていない住宅であれば倒壊のリスクは避けられないためです。
木造住宅がキラーパルスの影響を免れるためには「耐震診断をおこなうこと」と「耐震構造と制震ダンパーの組み合わせること」が重要なポイントです。
耐震・制震の強化のための支援制度についても各自治体が周知しています。たとえば、南海トラフ巨大地震に備える静岡市では「木造住宅の耐震化支援制度」を設けており、改修費用の約8割、上限100万円を助成しています。また、東京23区の一部では、平成12(2000)年以前に建てられた新基準の木造住宅にも耐震診断や改修費用の助成をおこなっています。キラーパルスから大切な自宅と命を守るためには、まずは耐震診断や助成制度を活用し、適切な補強工事をおこなうことが重要です。
耐震診断や工事の補助を自治体から受ける場合は、以下の手順で補強工事を実施します。細かい流れは自治体によって異なる可能性がありますのでご注意ください。
1. 耐震診断を行う(耐震診断が無料でない場合は、合わせて自治体の指示に従い補助金申請を行う)
2. 診断員の評価をもとに、必要な対策について家族と話し合う
3. 耐震補強工事の見積もりをもらう
4. 工事を依頼する業者から設計書や計画書をもらう
5. 自治体に耐震補強工事の補助金を申請する
6. 交付の決定を受けて工事の契約書を取り交わす
7. 着工から工事完了(ひとまずは自分たちで支払いをする)
8. 自治体から補助金を受け取る
耐震補強の設計を依頼して実際の設計書や見積もりを受け取った時点でも、家族と十分に話し合いましょう。費用面を考慮しながら、現在の時点で最適な耐震化を検討します。
非常食や着替えなどの準備は大切ですが「住」がなければ生活再建は難しく、命さえも危うくなります。地震などの災害リスクに備える視点としては「住」の耐震化が最重要となります。「災害とお金」に関する情報を中心に、生活再建の実情を詳しく紹介している記事もありますのでぜひご一読ください。
各自治体では以前から無料の耐震診断や支援制度を提供しており、能登半島地震で大きな被害を受けた石川県も同様に、最大150万円の耐震改修補償制度を設けていました。しかし、珠洲市や輪島市の被害状況から耐震化の未実施率との関連性が指摘されています。高齢者を含め「耐震化の必要性は理解しているが、行動に移すのが難しい」と感じる人々が少なくありません。石川県以外の地域でも、予想される大地震に備えて具体的な行動が求められます。
地震やキラーパルスの脅威を理解することは、自らや家族の安全を守るうえで不可欠です。「多分大丈夫」ではなく、「もしかしたら」という考え方を大切にしましょう。政府や自治体が提供する耐震支援制度を知り、実際に活用することが重要です。特に木造住宅にお住まいの方は積極的な利用が求められます。
また、住宅の耐震化は個々の家庭だけでなく、地域全体の課題でもあります。安全な住環境の実現に向けて、家族、親戚、地域が共同で取り組む姿勢が不可欠です。この記事で紹介した情報を参考にし、今後起こるかもしれない地震に備えるための対策を一つずつ着実に進めましょう。
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空飛ぶ捜索医療団"ARROWS" 編集部
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