JOURNAL #2352023.07.12更新日:2024.05.09
ライター、ファイナンシャルプランナー:工藤 崇
以前、以下のシリーズをYoutubeでお送りして被災時あるいは被災前にお金のことを考えておくことはとても大切なことだとお伝えしました。
被災者になる前に知っておきたいお金の話し 〜被災する前の今、準備できること〜
被災者になる前に知っておきたいお金の話し 〜被災後に受けられる支援、知っておきたい大切なこと〜
今回は、FP(ファイナンシャルプランナー)というお金まわりの専門家である、株式会社FP-MYS代表の工藤崇氏にご寄稿いただきました。災害時にお金にどう困るのか、災害前に注意しておくこと、心構えなどを分析していただきます。
日本は災害大国です。災害大国は、日常生活を一瞬で覆す災害が発生するリスクが複数上げられることです。ここ数年を考えても大陸プレートに挟まれた立地はもとより、大雨のリスク、火山噴火のリスクまで、様々な災害があげられます。記憶の新しいところでは2011年、東北地方を中心とした東日本をマグニチュード最大9.0もの大地震が襲い、甚大な被害を残しました。そこから約10年、まだまだ多くのものが復興途上でありながらも、着々と復興が続いています。
復興において必要な要因の一つが、被災後短期間で「経済」が復活することです。経済とは社会と個人の分野がありますが、どちらもお金の流通を意味します。まずは個人重視で分析していきましょう。
以前の人は何かあったときのために、常に一定の金額を財布に入れていたといいます。近年になり、まずは金融機関がATMの提供を開始し、お金の出し入れは格段に便利になりました。財布やバックに含ませながらお金を抱えておくリスクよりも、キャッシュカード1枚で都度ATMによる生活スタイルの方が安全。お金を付帯する形が大きく変わった瞬間です。
ATMも以前はターミナル駅近くの金融機関に限定されていたのですが、いずれ銀行支店のほぼすべてに常設されるようになりました。それに留まらず、最近は大手コンビニエンスストアや移動車まで提供が開始されています。移動車は高齢者が自宅にてお金の引き落としや預け入れを出来るようにと開発されたものです。
もう一つの劇的変更が、クレジットカードです。
買い物や代金の支払など、役務提供時に金銭を支払う商慣習の日本において、その前提を変えたのがクレジットカードです。いわば商流における手形の慣習を個人消費に持ち込んだ形です。財布に潜ませるカード形式のクレジットカードのみならず、スマートフォンにカードを入れることも一般的になりました。また、公共交通機関に載る際の切符もデジタルカード化され、やはりスマートフォンに内蔵できるようになっています。ATMとクレジットカードに共通する事項で、かつ災害が関わることとは何でしょうか。
その答えは、電気です。
ATMを動かす電力も、クレジットカードを決済する機能も、災害により停電が発生すると稼働しなくなります。大地震が発生して自宅に急ぐ途中で不意に立ち寄ったコンビニエンスストアで、どれだけ残高が残っているキャッシュカードを見せようが、どれだけランクの高いブラックカードを見せようが、おにぎり1つとして購入することはできません。店員と懸命に交渉したとしても可能性が変わることはありません。
この状況に加えて、昨今はキャッシュレス文化が大流行しています。スマートフォンのアプリにお金を入れて、普段は財布を持ち歩かないという強者すら見かけるようになりました。次代の先端を洋々と歩く彼らに、「大地震が起こってお金の流通が止まったらどうするんだ」と言っても、まったく説得力を持たないことでしょう。「まさか」過ぎて想定できない。災害においてはこのまさかが、大きなネックになります。停電というリスクと最新のコンテンツである電子マネーや電子決済の領域が深く結びついていることがわかります。
これらの緊急事態はおそらく短時間です。ただここまで根本的なインフラ毀損が2-3日も続けば、失う命も懸念されるほど、現在社会の根本に張り付いた重要なインフラです。大きな社会リスクと言い換えることもできます。筆者は災害とお金というテーマを考えたとき、まず頭に浮かんだのがこの懸念でした。南海トラフが想定される、富士山が噴火しないだろうかの前に、もう少しまさかのことを考えて現金を所有した方がいいという考えを伝えます。
本記事の最初に物理的なお金の引落リスクをお伝えしたのは、筆者がファイナンシャルプランナー(FP)として10年来活動してきて、どれだけ大地震に対する預貯金が大切だ、生活防衛資金が必要だと伝えても、それをATMにて管理しておくと何も意味を成さない可能性があるためです。物理的なお金の引落リスクが発生したらまずは慌てず、インフラの回復を待つべきです。ただ、回復後にはまるで給料日のピークかのような長蛇の列がATMや銀行窓口に並び(通常営業していればですが)、そのうちに刻一刻とコンビニエンスストアのおにぎりは消え、水道局の臨時供水は在庫を無くしていくことでしょう。災害のことを考えると、最低限の現金は常日頃から持っておいた方がいいのではという結論に繋がります。
どうにか手持ちのお金が残り、表向き日々の暮らしは継続できるようになった方々ですが、災害による被害から復興するのはこれからです。被災の当事者となったときに、お金の面でチェックしたいのは衣食住にどれだけの悪影響が出ているのかという点です。優先順位は住、食、衣の順番です。
最も住が大切な理由は、物理的に被害を受けた建物に居住していると地震の余震による崩壊や次の大雨による浸水や土砂崩れ、暑さや寒さへのコントロール不能の懸念があるからです。土砂崩れなどは建物自体は問題なくても、立地事態にリスクがあるためなかなか動きづらいですが、二次被害のことを考えるとそうは言っていられません。
まずは修理やリフォームなどを通して、日常の生活環境を再整備することです。お金のほかにも様々な理由でそれが難しければ、仮設住宅や親類・友人の家に一時転居をすることも選択肢になるでしょう。もちろん、生活が変わることでストレスが甚大であることは言を俟たないものです。
自宅修理の一時金が難しければ、金融機関や行政を気軽に訪ねてみましょう。建物修理の一時金に対し、金融機関の積極的な貸し出しや行政の支援が期待できます。市場に比べて著しく低金利で修補代を確保することができるでしょう。住宅ローンを支払し終わったあとで再度借入金を申し込むことに抵抗があるかもしれませんが、住宅の問題は災害復興のなかで最も優位性の高いものです。まずは日常生活を取り戻すべく、重視することをお勧めします。
そもそも住宅を建設する前に、可視化されたリスクを可能な限り排除して自宅を建てたい。このような要望は当然です。そこで、ハザードマップをご存知でしょうか。名前だけは知っているという方も多いのではないでしょうか。
ハザードマップは行政、もしくは行政から委託を受けた専門会社が作成する地図で、市町村ごとの場合が多いです。複数の町村にまたがる広域自治体で作成されるケースもあります。ハザードマップの地図上には河川が氾濫した場合の浸水予測や土砂崩れの危険性、火山の近くなどは風向きによる噴煙・土石流の蓄積危険度が記載されています。雑な言い方をすれば、<strong”>「この場所に家を建てるとこれくらい危険だよ?」という地図のことです。ハザードマップに危険性が指摘されている土地は、不動産価格も反映されて低くなっている場合も多いですが、買主がハザードマップに記載されているリスクを知っているのと知っていないのでは大きな差があります。住宅は人生最大の買い物です。必ず確認するようにしましょう。
続いて食の部分です。災害が起きると供給網が乱れるため、特定の食料品が不足気味になったり、値段が高くなったりすることが考えられます。ただ、卵の産地が被災したからと言って大量買いして茹で卵にして残しておくわけにはいかないため、予防の難しい部分といえるでしょう。可能な範囲としては非常食を介して不足しそうなサプリメントや栄養素(カロリーメイトなど)を揃えておき、食の初期対応時期に備えることは大切です。
食に比べて何倍も重要度が増すのが水です。よく大きな事故が発生したとき「72時間の壁」という言葉が使われますが、これは人間の体内に水分を入れない場合に何時間まで生命が維持できるかの基準といわれています。災害が発生した際に、自衛隊などが水の供給を優先させるのはそのためです。
飲料水のほかにも、生活用水の必要性があります。身体を洗う水やトイレまわりの排水、料理用水などもそうです。これら生活用水の必要量は季節による暑さ・寒さに大きく左右されます。
また水とは話されますが電気、石油や灯油などの発電原料、ガソリンなども突然の被災に対して準備をしておくことが推奨されます。ただ当然ながら、大きな災害はいつどのように到来するか決して予想のできないものです。気がついたら可能な範囲で補充しつつ、対岸の火事ではありませんがどこかで災害が起きたときに「自分のまわりで起きたらどうしようか」をイメージして対応することが、いざというときの対応力を決めるように思います。
先順位が低くなってはいますが、衣服も決して軽視して良いものではありません。衣類も生活用水と同様、暑さや寒さなど被災時期によって必要量の変わるものです。ただ食の部分に比べ準備しやすいものではあるため、仮に避難場所へ移動することになったらこれを持っていこうというボストンバックを1つ用意して、家族分を詰めてもいいかもしれません。
お金のことを考えるにあたって重要なのは、被災時にいまあるお金のことに加えて、安定した収入です。不安の除去も、生活レベルを維持できなければ空論でしかありません。
日本の労働法はよほどのことが無い限り、従業員を解雇できないことになっています。その法律自体は安心できるものですが、規模の大きい災害はこの「よほどのこと」に該当するため、企業の経営維持にネックがある場合は解雇も選択肢となります。こればかりは勤務先がどのような被害を受けるかしか言えないため、いざというときに備えておきましょう。
災害に関するお金と仕事を考えるにあたって、意外に知られていないのが「激甚災害」の仕組みです。よくニュースで〇〇が激甚災害に指定されました、と流れますが、制度を理解しいている方はさほど多くないのではないでしょうか。
激甚災害とは、被災した地域が復興を始めるにあたって、国が財政的に支援する仕組みを指します。一般的には緊急性の高い公共施設やインフラなどの再建工事に対する補助の印象が大きいです。勤めている会社が建設や不動産業の場合は、激甚災害に指定されることによって経営被害を最小限に食い止めることができるでしょう。すなわち、従業員の解雇に踏み切る可能性が低くなることを意味します。
激甚指定のもう一つの効果は、金融機関への貸出金を政府が推奨することです。金利の低い借入金を借りてでも従業員を雇用を守るよう促す意味を持ちます。記事のあたまで書いた個人への貸付とは別に、企業への貸し付けを促すものです。
予期せぬ被害が発生した折には、激甚災害に指定されたのかどうかを確認するようにしましょう。
筆者はファイナンシャルプランナーとして、個人の生活相談を受けることが多くあります。そのとき、1つの小話をすることが多いです。
人生には3つの坂があります。1つ目は上り坂です。人生が上手くいっていると感じるとき、なんだか運が良いなと思うとき。良い人に出会えたり、思わぬリスクを直前で回避してヒヤッとした時も上り坂です。
もう一つは下り坂です。何をしていても上手くいかないなという時、うまく言葉で説明できる状況ばかりではありません。災害とまではいきませんが事故に遭いそうという空気も感じます。
そして、もうひとつが「まさか」です。記事の頭で少し出てきたことに気がつかれたでしょうか。本記事で対処を示した災害が起きたときの対応や日頃の準備、家族の意思疎通、初期対応がまさかの坂の角度を決めます。とはいえ平常心で対処できる局面ではありません。災害が発生してから的確な情報を集めようとしても、デマや過剰報道に頭を悩ませることもあるでしょう。
ただ大切なのは、まさかを超えればまた日常の坂が戻ってくるということです。それはお金の専門家として、筆者も何度も伝えたいことでもあります。災害予防、災害発生時の対応、それぞれの局面で信頼できる家族・仲間と、手を取り合って立ち向かうようにしていきたいですね。
WRITER
ライター、ファイナンシャルプランナー:
工藤 崇
株式会社FP-MYS代表取締役。ファイナンシャルプランニング技能検定2級・証券外務員二種。レタプラ開発・提供。YMYL領域の執筆多数。相続・保険・資産運用(IFA)の個人相談。ライフプラン・シニア関連の開発案件受任。1982年北海道生まれ。人生で最も印象に残っている災害は北海道南部居住時に経験した北海道南西沖地震(1993年)。
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