JOURNAL #3452024.06.04更新日:2024.06.07

日本の水害|発生の原因と過去の被害

ライター:大久保 資宏(毎日新聞記者)

広島豪雨での三原市沼田東地区の様子

沖縄・奄美地方の梅雨入りに続いて台風が相次いで発生するなど、今年も水害シーズンがやってきました。近年、「数十年に一度」とされる「大雨特別警報」が頻発。ゲリラ豪雨や土砂災害が毎年のように列島を襲い、水害とは無縁とされていた地域でも被害が出るなど広域化、激甚化しています。背景には何があるのでしょうか。来たる水害に、どう対処すればいいのでしょうか。
本記事では、水害発生の原因やご自身でもできる対策についてご紹介します。

日本とは切っても切り離せない水害

水害は大雨や台風などによる大量の降雨に人々の生活や都市構造の変化などが複雑に絡み合って発生する災害で、「洪水」「浸水」「土砂災害」の3種類があります。このうち土砂災害はさらに「がけ崩れ」「地すべり」「土石流」の3つに分けられます。

水害が多発する理由の一つが、日本特有の気候です。四季があり、初夏に梅雨、夏から秋にかけて台風が到来します。日本は世界でも雨が多く、年間降水量(1668ミリ)は世界平均の1.6倍にのぼっています。

水害増加の理由

そんな日本では、近年特に水害が増加しています。以下は、令和における、死者・行方不明者が1名以上の水害をまとめた表です。

発生年災害名発生場所死者・行方不明者被害状況・特徴
2019年6-7月大雨鹿児島、宮崎、熊本など2人鹿児島市で民家の裏山が崩落。大量の土砂が流れ込み 70 代女性が死亡
同7月台風5号福岡、長崎、佐賀、高知など1人・西日本豪雨(2018年)の教訓を受けて運用を始めた5段階の防災気象情報のうち、最も警戒が必要なレベル5の「大雨特別警報」を初めて発令
・長崎・五島列島で道路が土砂崩れで寸断され 19 世帯が孤立
同8月台風10号高知、徳島、和歌山など2人・大分県玖珠市で川が増水し高台避難の観光客18人が孤立
・広島県尾道市因島の岸壁でボートから80代男性が転落死
同8月大雨佐賀、福岡、長崎など4人・佐賀、福岡、長崎に大雨特別警報
・佐賀の各地が浸水し孤立
・佐賀県 10 市 10 町に災害救助法適用
同9月台風15号
(房総半島台風)
静岡、東京(大島)、千葉など1人千葉の多くの地点で観測史上最大の最大風速、最大瞬間風速
同9月台風17号新潟、長野、福岡、宮崎など1人宮崎県延岡市で竜巻が発生
同10月台風19号
(東日本台風)
岩手、宮城、千
葉、神奈川、長野
など
114人・阿武隈川の堤防が決壊
・大雨特別警報の解除後に氾濫相次ぐ
・千葉県市原市で竜巻発生
・タワーマンションで地下の電気設備が浸水し停電や断水
2020 年7月豪雨熊本、長崎、広島、愛媛など86人・九州南部・北部、東海、東北地方の多くの地点で24、48、72時間降水量が観測史上最大
・熊本県球磨村の球磨川支流近くの特別養護老人ホームが浸水し入所者14人が心肺停止で見つかった
同9月台風10号長崎、熊本、宮崎、鹿児島など6人南海諸島や九州を中心に観測史上1位の猛烈な風を観測
2021年
6-7月
大雨島根、広島、静岡など28人・10 回以上の土石流が繰り返し発生
・静岡県熱海市で起きた土石流災害では上流部の盛り土の崩落が原因とされ不適切な管理が指摘される
同8月大雨佐賀、福岡、広島など13人・長崎、佐賀、福岡、広島で大雨特別警報
・佐賀県嬉野市で24時間降水量が観測史上最大
・2都府県で414件の土砂災害、29水系88河川で氾濫
2022年7月大雨宮城、滋賀、京都、長崎など1人・九州北部地方で4つの線状降水帯発生
・15府県で67件の土砂災害
同8月大雨、台風8号岩手、山形、長野、青森など3人51水系156河川で堤防決壊や氾濫
同9月台風14号宮崎、高知、広島など5人・気象庁は緊急記者会見で「経験したことのないような暴風、高波、高潮、記録的な大雨のおそれがある」
・複数地点で最大瞬間風速が観測史上最大
同9月台風15号静岡、愛知、三重など3人・静岡市で大規模な山崩れ。中部電力の送電鉄塔2基が倒壊し最大約12万軒の大規模停電
・静岡の複数地点で24時間雨量が観測史上最大
・静岡で167件の土砂災害
・静岡県知事は陸上自衛隊に災害派遣要請
2023年5-6月台風2号静岡、愛知、和歌山、沖縄など8人・台風としての寿命14日0時間は統計開始史上11番目の長さ
・高知、和歌山、奈良、三重、愛知、静岡で線状降水帯発生
同6-7月大雨山口、福岡、佐賀、大分など14人山口、熊本、鹿児島、福岡、佐賀、大分で線状降水帯
同7月大雨岩手、秋田、青森など1人秋田の複数の地点で、24 時間降水量が観測史上最大
同7月台風6号長崎、熊本、宮崎、鹿児島、沖縄1人・沖縄県で約1000戸が停電
・沖縄、九州南部、奄美、九州北部、四国地方で線状降水帯
同9月台風9号福島、茨城、千葉など3人伊豆諸島、千葉、茨城、福島で線状降水帯
令和に入ってからの風水害

なぜ、水害が増えているのでしょうか。

地球温暖化

気象庁によりますと、日本の平均気温は100年あたり1.24℃(世界平均0.68℃)の割合で上がっています。これは地球温暖化によるもので、地球全体が温かくなり、世界規模で雨の降り方が変わってきました。雨をもたらす低気圧や台風の発生位置、移動経路、強さなどが変わり、線状降水帯や集中豪雨、ゲリラ豪雨などが発生。極端な量の雨が降ったり、夏が非常に暑かったり、冬は雪があまり降らなかったり。異常気象を引き起こしています。
また、海面水温が27℃以上の海が広がりつつあります。27℃を超えると、熱帯低気圧に水蒸気が活発に供給され、台風が勢力を保ったまま日本に接近、上陸する頻度が高まります。

特有の地形と都市化

地形や都市化も水害の一因といえます。日本は国土の3分の2が森林で、傾斜が急な山や川が多数あります。人が住める土地が少ないので山林を切り拓き、田畑を埋める宅地開発が進み、その分、農地や遊休地が減り、地面はアスファルトやコンクリートで覆われます。そこに大雨が降ると、吸収されずに一気に増水してあふれ出し、土砂災害を引き起こします。

広島豪雨での三原市沼田東地区の様子

1930年代以降、海や川の埋め立てや地下水のくみ上げが地盤沈下を起こし、「ゼロメートル地帯」ができました。ゼロメートル地帯とは、海岸付近の土地で、満潮となった際に地面が海水面よりも下がってしまう地域のことです。東京や大阪、名古屋など大都市の一部は、そのゼロメートル地帯に位置しており、洪水被害はより大きくなりがちです。地下鉄や地下街への浸水、内水氾濫の危険性も増しています。

内閣府によりますと、過去10年間(2011~20年)に98%の市町村で河川の氾濫・浸水・土砂災害が起きています。土砂災害は年間1,000件以上発生。自然災害による死者・行方不明者の約4割を占め、危険箇所は約53万地点にのぼります。水害がひとたび起きると、人的被害にとどまらず、交通網が寸断され、広域停電、断水になるなど都市機能はマヒします。

忘れてはならない過去の水害

令和に入ってからも多くの水害がありますが、それ以前の水害に限っても、共通点や忘れてはならない課題や教訓がかなりあります。以下は、令和以前の20年間で発生した、日本の主な水害をまとめた年表です。
※以下たびたび「避難勧告」が登場しますが、避難勧告は2021年に廃止され、同年5月から避難指示がこれまでの勧告のタイミングで出されるようになりました。勧告と指示の区別がつかないという住民の声に対応した措置です。

発生年災害名発生場所死者・行方不明者被害状況・特徴
2004年10月台風23号兵庫、京都、香川など98人・死者・不明者が78カ所に及ぶ広域豪雨災害で洪水による犠牲者が目立った
・洪水による犠牲者の4分の3は自宅から離れた屋外で被害に。運転中や歩行中など
死者・行方不明者の約6割は65歳以上
2006年7月平成18年7月豪雨鹿児島、島根、長野など33人・長野県岡谷市では土石流で住宅が流され8人死亡
・鹿児島県大口市では避難途中、86歳女性が濁流にのまれる
・千葉県佐倉市で26歳男性が落雷で死亡
2009年
7月
平成21年7月中国・九州北部豪雨山口など35人約1万棟が浸水被害
・山口県防府市の特別養護老人ホームでは建物1階が土砂に埋まり、入所者7人が下敷きとなり死亡
2009年8月台風 9号(佐用町水害)兵庫県佐用町、徳島県など27人豪雨下の兵庫県佐用町で避難所に移動中、農業用水路等に流され3家族9人が死亡
同9月台風12号(紀伊半島大
水害)
西日本各地98人土石流と洪水の複合水害
・豪雨によって地下水が集まることで岩盤を支える力が脆弱となって崩壊する「深層崩壊」が多発、甚大な被害に
2012年7月九州北部豪雨熊本、大分、福岡33人・気象庁が初めて「これまでに経験したことのないような大雨」と呼びかけ
・福岡県柳川市の矢部川であふれていないのに堤防が決壊するパイピング現象を確認
2013年
10月
台風26号(伊豆大島土砂災害)伊豆大島43人避難勧告を発令せず逃げ遅れ
2014年8月平成26年8月豪雨(広島土砂災害)広島市など77人・集中豪雨によって100カ所以上で土石流が発生。家屋約400棟が全半壊し1万人以上が被災
・土砂災害対策の不備や、避難情報の伝達の遅れなどが問題に
・土砂災害警戒区域、同特別警戒区域の多くの住民が犠牲に
2015年9月
関東・東北豪雨茨城県常総市など8人・鬼怒川の堤防決壊
・常総市の3分の1が浸水
・常総市は避難勧告を発令していなかった
・氾濫域に約4300人が取り残されヘリなどで救出
・ハザードマップを見ていない人が多く、国は「水害ハザードマップ作成の手引き」を作成
2016年8月台風10号(小本川水害)岩手県岩泉町など29人(うち9 人が高齢者施設入所者)・水位情報が首長に伝わらず避難勧告が発令されず
・高齢者施設管理者が避難準備情報の意味がわからず避難行動を取らなかった
2017年7月九州北部豪雨福岡、大分44人福岡、大分で線状降水帯発生
2018年6-8月平成30年7月豪雨(西日本豪雨)広島、岡山、愛媛など245人平成最悪の豪雨災害とされる
・琵琶湖の貯水量の約 3 杯分に相当する 824 億立法メートルの降雨
・広域かつ同時多発的に河川が氾濫しがけ崩れが発生
・土砂災害による死者・行方不明者の約9割(94人)は土砂災害警戒区域内で被災
・大阪湾などで高潮が発生、関西空港の滑走路や地下などが浸水し復旧に17日間要する
・岡山県倉敷市真備町では洪水浸水想定区域と実際の浸水範囲がほぼ一致したにもかかわらず51人が死亡。8割は70歳以上
過去20年間の主な日本の水害

避難勧告発令されず被害拡大

◆平成16年 台風23号=死者・行方不明者98人

2004年10月、四国、近畿、関東地方の各地で土砂崩れや堤防決壊などをもたらしました。
兵庫県では少なくとも6自治体が死者・行方不明者の出た地域に避難勧告(2021年に廃止)や指示をしておらず、5人が死亡した愛媛県内も同様。岡山県玉野市が市内全域に避難勧告を発令したのは、土砂災害で亡くなった男性の遺体発見から約40分後でした。また、京都府舞鶴市では国道が冠水して観光バスが立ち往生し乗客はバスの屋根の上で一夜を明かしています。

◆平成25年 台風26号(伊豆大島土砂災害)=死者・行方不明者43人

2013年10月、伊豆大島で記録的な大雨となり、土石流により甚大な被害が発生しました。
東京都大島町は避難勧告を発令せず、町民の多くが逃げ遅れ犠牲となりました。町の担当者は「近年、大規模土砂災害がないため危機感を抱かず、深夜の大雨の中での避難はかえって危険」と判断したとしています。
しかし、災害基本法にある「市町村は、住民の生命・身体を保護するために適格に避難勧告・指示を出すこと」が周知されておらず、国交省の第三者委員会は、内閣府のガイドラインに沿って避難勧告等の判断・伝達マニュアルを作成するよう提言しています。

◆平成27年 関東・東北豪雨=死者8人

2015年9月、茨城県常総市は3分の1が浸水。孤立した約4300人はボートやヘリコプターなどで救出されました。
避難勧告を発令していませんでしたが、それは同市が発令基準を作成しておらず、国交省河川事務所に発令の判断を委ねていたからです。ハザードマップ(災害予測地図)も活用しておらず、避難指示を決めた地区は防災無線放送から漏れていました。
これらを受けて、以下の対策が実行されることとなりました。

  • 避難勧告の発令基準を設けたタイムライン(事前防災計画)を策定
  • 防災行政無線を聞き取れない地域が多くスマートフォンを使った試みをスタート
  • 多言語対応が可能な防災行政無線に改める
  • 高齢者の居宅に戸別受信機を設置
  • 聴覚障害者の家庭用テレビに文字表示機能を装備
  • 自主防災組織を結成
  • 逃げ遅れ防止のため住民が自らの避難行動を時系列でまとめたマイ・タイムラインを作る取り組みを全国で初めて導入

◆平成28年 台風10号(小本川水害)=死者・行方不明者29人

2016年8月、岩手県岩泉町の高齢者グループホームでは施設の天井部分まで水没し、入所者9人全員が死亡。
グループホームの管理責任者は、町が、要介護者の避難を促す「避難準備情報」(16年12月に「避難準備・高齢者等避難開始」に名称変更)の意味を理解しておらず、入所者を避難させていませんでした。
なお、2014年8月に発生した広島土砂災害(死者・行方不明者77人)では、避難勧告の発令前に土砂災害が発生しましたが、広島市の検証部会は「最新の気象技術をもってしても、事前に予測することはむつかしかった」と指摘。情報収集体制の確立や危険度判断手順の明確化などを提言しています。

夜間の避難中、濁流に巻き込まれる

◆平成21年 台風9号(佐用町水害)=死者・行方不明者27人

2009年8月、兵庫県佐用町などで、増水した川に流されたりして11人が死亡。同町の2家族計5人は夜に避難中、濁流に巻き込まれ亡くなりました。
夜間の避難は道路が冠水し水路にはまるなど危険で、牛山素行・静岡大防災総合センター准教授(現在は同センター教授、災害情報学)は当時、毎日新聞の取材に「ひざ下あたりの高さの水が秒速1メートルで流れた場合、年齢を問わずほとんどの人が足をとられ、自動車でも浮かび上がる状態になる」と話しています。牛山准教授によりますと、過去5年間(当時)の水害で、犠牲者の3分の1が水に流されて亡くなり、うち8割が避難などで自宅の外にいて命を落としていることから「家の周辺が浸水しているなら無理して避難するより自宅2階に逃げた方がいい場合もある」としています。

土砂災害警戒区域で被災

◆平成30年7月豪雨(西日本豪雨)=死者・行方不明者245人

2018年7月に発生した豪雨災害で、広島、岡山、愛媛などに甚大な被害をもたらしました。土石災害による死者・行方不明者は119人で、被災位置が特定できた107人のうち約9割は土砂災害警戒区域内等で被災しています。

西日本豪雨での、真備記念病院付近の様子
ピースウィンズの所有するヘリコプターから見た、西日本豪雨時の様子

避難情報の切迫感が伝わらないことでの逃げ遅れが目立ったため、避難しやすいように19年5月から災害発生情報を市区町村が発令。災害の危険度を1~5の数字で示すもので、「警戒レベル5」の場合、住民に命を守るための最善の行動を取るよう呼びかけます。

◆令和2年7月豪雨=死者・行方不明者86人

2020年7月、集中豪雨が熊本県を中心に九州や中部地方などで発生。九州南部・北部、東海、東北地方の多くが24、48、72時間降水量が観測史上最大となりました。

令和2年7月豪雨での球磨川氾濫時の様子
豪雨時の球磨川

熊本県球磨村の球磨川支流近くの特別養護老人ホームが浸水し入所者14人が死亡。駆けつけた住民が職員と車椅子の入所者たちを2階に運び、56人は無事だったといいます。
同ホームは、土砂災害警戒区域と洪水浸水想定区域内に立地しており、国の有識者検討会は「施設管理者らは浸水リスクがあるとの認識が薄かった」と総括。高齢者グループホームの入所者が犠牲になった小本川水害(2016年)の教訓は生かされませんでした。

令和2年2月豪雨での医療支援の様子
令和2年7月豪雨でのピースウィンズによる医療支援の様子

特別警報解除後に氾濫

◆令和元年 台風19号(東日本台風)=死者・行方不明者約120人

2019年10月に発生した台風で、関東、甲信、東北地方などを記録的な大雨が襲い、阿武隈川の堤防が決壊するなど各地に甚大な被害を与えました。
大雨特別警報の解除後、氾濫が相次いだほか、千葉県市原市では竜巻が発生。タワーマンションでは地下の電気設備が浸水し停電や断水が続くなど孤立状態に。高台や高層マンションにいても安心できないということを実感させた水害でした。

2019年の台風19号の様子

呼びかけによって被害を最小限に

一方、徹底して警戒を呼びかけ、被害を最小限に食い止めたケースもあります。

◆カスリーン台風(1947年)=死者・行方不明者1930人

ラジオで利根川決壊などの状況とともに警戒を呼びかけ、東京都葛飾区、江戸川区は浸水の状況を区民に伝え避難の時期を示した結果、都内の死者は8人にとどまりました。

◆伊勢湾台風(1959年)=死者・行方不明者5098人

台風上陸前に高潮波浪警報、洪水警報などを受け取った愛知県碧南市は直ちに避難命令。地域の98%が被災しましたが、死者・行方不明者は12人。避難命令を行わなかった市では290人が死亡しています。

水害から身を守る方法

水害の危険が迫れば、結局は一人一人が自らの判断で避難することになります。逃げ遅れないことが重要です。気象情報は充実しており、気象庁の「キキクル」(危険度分布)などもスマートフォンやパソコンで簡単に確認できる時代です。また、身の回りで起きうる災害が確認できるハザードマップは、引越しをする際に説明を受けたり、資料としてもらったりすることもあります。

とはいえ、実際に何か被害が発生した場合に、その場から簡単には逃げようとしない方々も多いです。なぜなのでしょうか。

都合の悪い情報を過小評価しようとする心理状態「正常性バイアス」に加え、いつ避難すればいいのかタイミングがわかりにくいこともあります。「事前にどんな情報を手に入れ、どのように行動を起こすかを考えておくことがポイント」と解説するのは東京大大学院の関谷直也教授(災害情報論)です。

確かに、ハザードマップの認知度が高い人ほど、大雨特別警報や避難勧告などの災害情報に対しての理解度が高く、それらが発表・発令されると早期に避難行動を取る傾向にある――という調査結果があります。西日本豪雨を受けて岡山放送が岡山県真備町の避難所などで行ったアンケート結果です。この調査では、ハザードマップの認知度は2割強でしたが、今後、認知度を上げ、災害に備えるための情報・知識が得られれば犠牲者は相当減ると思われます。

自宅周辺の地形などを知り、いざという時にどう行動するかをシミュレーションしておく必要があります。以下、その「いざという時」のための注意事項です。

ハザードマップを確認する

東京周辺のハザードマップの画像

ハザードマップの確認には、国土交通省の運営するハザードマップポータルサイトが便利です。以下の手順で、ご自宅周辺に発生する可能性のある被害を事前に確認しておきましょう。

  • ① 地図の中で自分の家がどこにあるのかを確認
  • ② その場所の浸水がどれほどになるかを確認
  • ③ 避難場所を確認
  • ④ 自宅から避難場所までの安全な避難経路を確認

上記ポータルサイトでは、洪水のほか、高潮や津波による被害も確認することができます。様々なシチュエーションで確認しておくことが安心です。

避難指示が出たら

各種注意報や避難指示は、市区町村が気象庁や国交省のデータをもとに発令しますから、発令後はすみやかに避難行動すべきです。逃げるタイミングを考えているうちに被災するケースが目立つため、理想的には避難指示が出ていなくても、周囲の状況から判断し、早めに避難することが大切です。
例えば以下は気象庁による避難情報です。

警戒レベル防災気象情報状況住民がとるべき行動
1早期注意情報今後気象状況悪化のおそれ災害への心構えを高める
(警報へと発展する可能性があり今後の情報に要注意)
2大雨注意報
洪水注意報
高潮注意報
気象状況悪化自らの避難行動を確認
(ハザードマップを確認するなど避難準備を)
3高齢者等避難災害のおそれあり危険な場所から高齢者等は避難
4避難指示災害のおそれ高い危険な場所から全員避難
5緊急安全確保災害発生または切迫命の危険、直ちに安全確保を
避難情報(2021 年 5 月から実施)

警戒レベル1が最も危険度が低く、5に近づくほど危険度が高くなります。警戒レベル3では、高齢者以外の人も必要に応じて行動を見合わせ始めたり、避難の準備をしたり、危険を感じたら自主的に避難したりするタイミングです。その時々の状況に合わせて臨機応変に対応しましょう。また警戒レベル5は、(発令する)市町村が災害の状況を確実に把握できない状況も考慮し、必ず発令されるものではありません。一般市民の皆様は、警戒レベル5まで待たず、レベル4までに避難する必要があります。

また、以下は降水量とそれに対応した状況をまとめた表です。車の運転や外出をする機会がある場合は、天気予報などで雨量も確認し、予定を延期するなど適切な対応をとることが重要です。

1時間雨量(mm)予報用語人の受けるイメージ人への影響 屋内(木造住宅を想定)屋外 車に乗車時の状況
10-20 やや強い雨ザーザーと降る地面からの跳ね返りで足元がぬれる雨の音で話し声がよく聞き取れない地面一面に水たまりができる
20-30土砂降り強い雨傘をさしていてもぬれる寝ている人の半数くらいが雨に気づく同上ワイパーを速くしても見づらい
30-50激しい雨バケツをひっくり返したよう同上同上道路が川のようになる高速走行時、車輪と路面の間に水膜が生じブレーキが効かなくなる(ハイドロプレーニング現象)
50-80非常に激しい雨滝のよう(ゴーゴーと降り続く)傘は全く役に立たなくなる同上水しぶきであたり一面が白っぽくなり、視界が悪くなる車の運転は危険
80 以上猛烈な雨息苦しくなるような圧迫感、恐怖を感ずる同上同上同上同上
雨の強さと降り方

また、以下は気象庁によって発令される注意報と警報のまとめです。なんとなく字面でイメージされている方が多いかと思いますが、それぞれ発令された場合にどの程度の危険が考えられるのか、確認しておくことをお勧めします。

気象情報の種類内容
大雨注意報大雨による土砂災害や浸水害が発生するおそれがあると予想したときに発表。雨がやんでも、土砂災害等のおそれが残っている場合には発表を継続する。
洪水注意報河川の上流域での大雨や融雪によって下流で生じる増水により洪水災害が発生するおそれがあると予想したときに発表する。対象となる洪水災害として、河川の増水及び堤防の損傷、ならびにこれらによる浸水害。
大雨警報大雨による重大な土砂災害や浸水害が発生するおそれがあると予想したときに発表する。特に警戒すべき事項を「大雨警報(土砂災害)」「大雨警報(浸水害)」「大雨警報(土砂災害、浸水害)」などと標題に明示。雨がやんでも重大な土砂災害等のおそれが残っている場合には発表を継続する。
洪水警報河川の上流域での大雨や融雪によって下流で生じる増水や氾濫により重大な洪水災害が発生するおそれがあると予想したときに発表する。対象となる重大な洪水災害は、河川の増水・氾濫及び堤防の損傷・決壊、ならびにこれらによる重大な浸水害。
大雨特別警報台風や集中豪雨により数十年に一度の降雨量となる大雨が予想される場合に発表する。特に警戒すべき事項を「大雨特別警報(土砂災害)」、「大雨特別警報(浸水害)」又は「大雨特別警報(土砂災害、浸水害)」のように標題に明示する。

冠水時に注意すること

豪雨によって街が水没している様子

実際に水害が発生した場合には、街中の様々な施設・器具に異変が起こります。例えば、以下のような異常が考えられます。

  • にごった水で足もとが見えにくく、マンホールのふたがはずれたり、小さな溝があったりして転ぶ危険性がある
  • 水かさ30センチでも歩けなくなることがある
  • 水かさ30センチ以上ではドアが水圧で開かなくなり閉じ込められる可能性も
  • 水かさ30センチ以上で車のエンジンが停止し、水圧でドアが開かなくなる
  • エレベーターは自動ドアが止まり閉じ込めとなることも

水害発生時には被害を少しでも防ぐため、その場の様子を見て適切な行動を取れるよう意識しましょう。具体的には、以下のようなアクションが重要です。

  • 地下鉄駅や地下街は一気に水が流れ込む危険があるため、速やかに地上へ避難
  • ガラス類を踏む可能性があるため、裸足やサンダルでは歩かない
  • 長い棒や傘を杖代わりに、足もとを確認しながら歩く
  • 数人での避難時ははぐれないよう互いの体をロープやひもで結び、声を掛ける

※参考文献
命を守る水害読本編集委員会編「命を守る水害読本」毎日新聞社
河田惠昭監修「水害の大研究」PHP研究所
土屋信行「水害列島」文藝春秋
兼光直樹、山本晴彦、渡邉祐香、坂本京子、岩谷潔、山口大学農学部、山口大学大学院創成科学研究科「2018年7月豪雨による倉敷市真備町の被害と避難行動に関するアンケート調査」

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WRITER

ライター:
大久保 資宏(毎日新聞記者)

毎日新聞社では主に社会部や報道部で事件や災害、調査報道を担当。雲仙・普賢岳災害(1990~95年)と阪神大震災(1995年)の発生時は記者、東日本大震災(2011年)は前線本部デスク、熊本地震(2016年)は支局長として、それぞれ現地で取材した。

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